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【国宝】三徳山投入堂(2006年11月3日撮影、大紀元)

【国宝】三徳山投入堂

 【大紀元日本11月7日】国宝の三徳山投入堂(みとくさんなげいれどう)は、鳥取県の三朝温泉から車で15分ほどのところにある天台宗の古刹、三徳山三佛寺の奥の院である。記者が撮影に行った日は、紅葉シーズンの連休初日とあって、三佛寺境内は家族連れや白装束の団体などで賑わっていたが、ほとんどの人が投入堂を見に来ているので、本堂裏の登山事務所で記帳を済ませると、白いたすきを掛けて次々と赤い宿入橋を渡って鬱蒼とした樹海の中に消えて行く。

 宿入橋から標高520mのところにある投入堂まで標高差200m、往復で約1時間30分の登山である。木の根が絡む急勾配のかずら坂、鎖やロープが垂れ下がる岩だらけの狭い登山道を、歩くというより這う感じで登って行くと、いやでもここが今なお修験者の行場であることを思い知らされる。やがて暗い樹海を登りつめて文殊堂(国重文)に着くと、一気に視野が広がる。多くの人がここで一休みして、難路である「馬の背」「牛の背」と呼ばれる切り立った道を進むようだ。ここを通り過ぎ、観音堂の裏を通って進めば、投入堂の前に出る。しかし、さらに前に進み、近くで建物をよく見たいと思っても、人が多い時は、足元から狭く切り立った山道に立ち、せり出した岩塊に手を添えて順番を待たなければならないので、境内の受付で見かけた「日本一危険な国宝観賞」のポスターは伊達ではない。

 順番がきて投入堂を斜め下から見上げれば、建物後部を岩屋に据え、前面は断崖に向けた舞台造り。近づく道さえない垂直な断崖に、建つとも浮かぶとも表現しがたいそのお堂の姿は、見れば見るほど摩訶不思議であり、どのように建てたのか考えざるを得ない。このお堂は、慶雲三年(706年)役の行者(えんのぎょうじゃ)がふもとで組み立てられたお堂を「えいやっ!」と法力でこの岩窟に投げ入れて造ったという伝承からそう呼ばれている。人間技とは思えないこの光景を目の当たりにすると、今なおこの話が語り継がれることも、ごく自然に受け入れられるのは、記者だけではあるまい。

 この投入堂(なげいれどう)について詳しくは鳥取県のHP(http://www.pref.tottori.jp/kanko/)をご覧ください。

(大紀元・記者)


 (06/11/07 23:35)  





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