THE EPOCH TIMES

≪医山夜話≫ (1) 医療には尊重と信頼が不可欠

2010年08月29日 10時30分
 【大紀元日本8月29日】数人の友人から、医者であった先祖の話を聞いたことがあります。

 ある友人の故郷は中国の山東省にあり、彼の祖父は地元で有名な医者でした。時々、夜中になって村に山賊がやって来ると、村人たちは扉を閉めて、誰も外に出ませんでした。時に農作物は奪われ、馬は焼印され、全て山賊のものになってしまいます。

 ある日、山賊のリーダーが怪我をして、友人の祖父に治療してもらいました。祖父は彼を治療すると、今後村に略奪に来ないようにと彼を諭しました。彼は承諾し、それから、彼の荷馬隊はこのあたりを通る時には回り道をして村に入らないようにしました。たまに夜中に村を横切る時は、祖父の家の外に少し食糧を残しました。彼はずっと命を救ってくれた恩を忘れなかったのです。

 昔の患者は治ったら、「人から一滴の恩を受けたとしても、湧き水の量ほど恩返しをしなければならない」という気持ちをもって医者に感謝していました。最善を尽くして土産を持参し、親戚付き合いをするように医者の家を訪ねました。盗人や質素な村人でさえ、このようなことができたのです。非常に貧しい患者でも、回復すると、山の中に行って貴重なヤマブシタケを採り、医者に届けたものです。

 近代になって様子は変わりました。米国に来てから、私はある年配の医者の家に住んだことがあります。彼は内科から外科まで、大小の手術が出来る高名な医者で、町の30歳以下の人はほとんど彼が取り上げたのです。しかしここ数年、彼の仕事はますます大変になっています。たとえ一目で分かる病気であっても、彼は患者に多くの検査をさせて、稼いだお金はすべて奥さんと子供の名義に移します。患者に訴えられるのを恐れているからです。彼の友人に優秀な婦人科の医者がいましたが、わずか1年間で患者から9回も訴えられました。それを見た彼はとても慎重になり、治療にも神経を使っています。

 現代社会では、患者と医者の間は完全に商売の関係になっています。患者はお金を出して治療を買い、治療結果に不満があれば、理由を探して医者を訴えます。一方、医者は多くの機器を使って患者にいろいろな検査を受けさせ、検査結果を証拠として身を守ります。結局、患者にとって治療費はますます高くなり、医者にとって保険料はますます高くなり、弁護士はその中からうまい汁を吸います。このような悪循環の中、高額な医療費が社会全体の負担となっています。

 実は、医者と患者の出会いは縁で、どの患者がどの医者に治療してもらうのかも、すべて偶然なことではありません。「同じ船に乗るぐらいの出会いにしても、10年間の前世の因縁が必要」と言われているように、同じ船に乗るような簡単なことでさえ縁を必要とし、病気治療のような大切なことは言うまでもありません。ある心理学の医者は、自分の臨床経験を綴った『前世と現世』という本に、催眠状態で前世を思い出したある患者は、自分の前世の先生だったと記録しています。医者と患者は、これほど縁が深いのです。

 人間は生きている間に業を造り、また業を返しと、人と人の間はこのような業力輪廻の関係にあります。医者と患者の間も例外ではありません。医者が患者の病気を治療したのは、もしかすると前世の借りを患者に返しただけなのかもしれません。もし医者が間違った治療をしたならば、例えば間違って歯を抜いたり、間違って足を切断したり、或いは高額の治療費を求めたりするなどは、新たな「借り」をつくることになり、後世でまた返さなければなりません。

 患者にとって、苦しみに耐えるのは業を返すことです。肉体の痛み、精神の辛さ、治療費の負担、いずれも業を返しているのです。業を返したら、やっと健康になり、生活も順調になります。医者からの治療を受けるだけで何も償わなければ、病気は容易に治りません。

 医者であれ患者であれ、誰もが自分の行為に責任を取らないといけません。人間が行ったすべては、徳を増やすか、業を増やすかに関わり、生まれ変わっても徳と業がずっと自分に付いていきます。古代の人はこの道理が分かっていたので、善行をして徳を積み、受けた恩は必ず返しました。現代人の多くは因果応報を信じず、業をたくさん造ってしまい、このような人は、極めて危険な境地に立っているかもしれません。

(翻訳編集・陳櫻華)


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