THE EPOCH TIMES

かつての造反派リーダーも「お目見え」 中国、左傾化がすすむ

2011年04月29日 07時44分
 【大紀元日本4月29日】24日、人民大会堂で開かれた清華大学創立100周年の記念行事に出席したある人物が多くの注目を集めた。蒯大富さん、65歳、文化大革命初期の清華大学の造反派リーダーだ。

 1966年、当時理工学部化学科3年生の蒯さんは、清華大学紅衛兵団の責任者として、劉少奇・元主席とその妻の王光美氏に対する残酷な攻撃と吊るし上げを主導した。翌年には蒯さんはその「功績」が認められ、北京市の革命委員会常務委員にも抜擢され、清華大学の流血武力闘争の陣頭に立った。

 「北京市造反派5人の司令官」の1人ともなる蒯大富さんは文化大革命後に投獄され、1987年に釈放された。その後は公の場から身を潜めてきたが、このたび意気揚々と人民大会堂に現れたことで、多くの人に封印された文化大革命の記憶を蘇らせたという。

 バック・トゥ・ザ・文革か

 実は少し前の2月19日にも少し異様なことが起きていた。この日の人民日報は、毛沢東の跡継ぎで元首相の華国鋒の生誕90周年を記念して、「党と人民の事業のために奮闘した一生」という6000字にのぼる長文記事を掲載していた。

 しかし、この日は華国鋒の誕生日であるだけでなく、_deng_小平の命日でもあった。人民日報は、_deng_小平を差し置いて、1981年に失脚してからほとんどメディアの脚光を浴びることのなかった華国鋒を「中国の革命・建設・改革に貢献した」と盛んに称賛した。

 1976年に毛沢東が逝去すると、「文革色」の残る政治家であった華国鋒は、_deng_小平らと権力闘争を展開した後、事実上失脚させられた経緯がある。これまでの中国は、_deng_小平をなおざりに華国鋒を称えることは決してなかった。ラジオ自由アジア(RFA)はこの時、人民日報の報道でみられた突如とした風向きの変化は、共産党設立90周年となるこのタイミングで、最高指導部は毛沢東時代に逆戻りさせようとしているのではないかと分析した。

 このような「文革色」は他でも見られる。重慶市発の「紅歌」こと革命ソングの再普及運動が、全国に広まりつつある。20日の重慶日報によれば、中宣部やCCTVなどが主催したこの運動は、すでに36曲の代表的な紅歌を選出し、5月中旬までには最優秀曲10曲が選ばれる。これらの曲は皆「中国共産党を賛美、祖国を賛美、幸せな生活を謳歌」する優秀な「紅歌代表歌」だという。

 重慶市では4月10日から5月20日までの間、この36曲がテレビで毎日繰り返し放送される。「すべての人が歌え、すべての人が歌うのが好きになるようにする」ことが目標だそうだ。また、河南省の河南師範大学では
河南師範大学が学生食堂に設けた「紅歌ステージ」の開幕式。先生が「調和中国」というタイトルの歌を歌っている(大河網よりスクリーンショット)

「紅歌スター」という紅歌コンテストを行い、大学食堂にステージを設け、学生たちに食べながら紅歌を聞いてもらう仕組みだという。学校側は紅歌は「思想の食糧」であり、紅歌を聞き、そして歌うことは、学生たちの「愛党・愛国」の情熱を刺激することができる、と説明している。さらに、全国規模で、インターネットでの放送や新聞への楽譜・歌詞の掲載、CD・DVDの発行も始まっている。

 孔子はやはり毛沢東に負けるのか

 ジャスミンの薫りも漂い広がるなか、赤色がこのように猛々しく浸透し、風向きも左寄りに転向している。このイデオロギーの攻防が天安門広場でも繰り広げられ、2500年前の孔子も不本意に参戦させられた。

 「孔子が戻れば、共産党の滅亡も近い」。かつてこう語った毛沢東のすぐ側に、今年1月、高さ9.5メートルの孔子像が現れた。ところが、設置されてから100日目となる今月21日に忽然とその姿を消した。香港紙・東方日報は、天安門広場というデリケートな場所での孔子の登場と退場は、指導者間のイデオロギーの「硝煙なき闘争」をそのまま表していると指摘し、孔子の「負け」は、中国共産党が再び階級闘争の時代に戻ろうとし、指導部内部が左傾化していることを意味すると分析した。

 今年で中国共産党が設立して90年が経つ。貧富の格差や官僚の腐敗、数々の不平等と不条理に、庶民はいま憤っている。胡錦涛主席が唱える調和社会は名ばかりで、その政治体制はむしろ限界を示しつつある。政権維持のために、共産党はこの90年の節目で、毛沢東時代の専制政治と階級闘争に期待を寄せ、イデオロギーの統制で今の難局を乗り切ろうとしている、と深セン在住の評論家・朱建国氏はRFAの取材で分析した。

(張凛音)


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