広州市太石村:「村委会主任免職」の民主活動、失敗に

2005年10月06日 10時53分
 【大紀元日本10月6日】二ヶ月にわたる中国広州市太石村民による「村委会主任免職」の民主活動は、政府の硬軟両様の戦術と暴力の下で最終的に失敗に終わった。

 番禺政府は9月12日に63台のパートカーと約千人の警察官を出動し、太石村民が約50日間も見張った村会計帳簿を強行に奪い取った後の15日、村委会主任を免職する目的での「免職委員会」の選挙大会を、16日の午前9時から開催すると突然公布し、党員である元村幹部ら7人を候補者として取り上げた。16日の選挙の結果、政府が指名した候補者は全員落選、当選したのは村民が推薦した候補者ら7人であった。

 しかし、当選された7人のうちの6人が政府の圧力を受け、政府に提供された辞職用紙に署名し、最後の一人も23日に辞任した。

 番禺政府はさらに、「役員免職を放棄する」という用紙に署名したら、21人毎に拘禁されている村民を1人釈放するという条件を出し、27日までに既に6割の村民が同用紙に署名したという。今まで、連行された村民98人中、83人が釈放され、15人がまだ拘禁されている。


 9月29日の午後、「免職委員会」が告示を出し、村委会主任を免職する動議に署名した584名の村民の中、396人が放棄したため、残りの人数は村の全員人数(1502)の1/5未満になり、免職動議が失効したという旨を公布した。

 ある村民は、村役員は村民の各家を訪問し、免職動議から退出するようと薦め、さもなければ断水・断電と威嚇したと暴露し、村民396人は退出したと言っているが、それは村委会が調査した結果であって、本当かどうかは分からないと、不信感を表した。

 郭飛熊弁護士が逮捕された

 同免職活動の弁護士担当の郭氏は9月13日に突然行方不明となり、22日に彼の家族は広州番禺公安局に、「大勢の人を集め、騒ぎを起こす」という罪名で拘禁されていると知らせられた。

 28日、15日間も拘禁された郭氏は不法な拘禁を抗議するため、断食断水と声明した。

 郭氏を見たことのある村民の話しによると、郭氏の体は随分衰弱したという。

 マスコミの取材と弁護士の調査に暴力で妨害する

 弁護士の唐荊陵氏、郭燕氏、広州中山大学の教授艾曉明氏とある鳳凰週刊紙の記者、計4人が26日、調査のため太石村へ向かったが、途中で暴力を受けた。

 暴徒は棒で弁護士を殴り、郭燕氏のバイクが潰された。タクシーを乗った彼達は目的地でタクシー代を払う時、あるバイクがやってきて、タクシーを包囲し、車の前方を棒で強く打って潰し、右側のガラスも破った。とにかく逃げようとした運転手が破られた車を運転して包囲を突破し広州へ逃げ出した。

 香港新聞紙「南華早報」の記者・劉氏も太石村へ取材しに行く途中に同じ遭遇に会い、乗ったタクシーのガラスが全部破られた。ある村民の暴露によると、村治保主任が4000元で暴力者を雇用し指示したという。

 雑誌「北京の春」の編集長は、今の中国は「官僚10人のうち、9人が汚職している」状態なので、既に巨大な利益団体または犯罪団体に形成されている。官僚の間が庇い合い、小さな村役員に対する免職も大きな反応をしていると指摘した。

 今、太石村の委員会はマスコミの取材をすべて断っている。

 太石村事件の経緯

●7月29日、太石村が400人署名した「免職動議」を番禺政府に提出した。動議には、土地売却、財務不明、汚職の疑い、経済発展の緩慢などの理由で現委員会主任陳進生氏の職務を免職しようと申し出た。

●8月29日、政府が受理しないと返答した。8月31日、100名以上の村民が政府の前で座り込み抗議した。9月5日、村民が「免職動議」を新たに署名して政府に提出した。9月11日、政府から「免職動議」を受理すると公布。

●9月12日、番禺政府が63台のパートカーと約千人の警察官を出動して、太石村民が約50日間も見張った村会計帳簿を強行に奪い取り、20名以上の村民を連行。

●9月15日、村委会主任を免職する目的での「免職委員会」の選挙大会を、16日の朝9時から開催すると突然公布し、党員である元村幹部ら7人を候補者として取り上げた。16日の選挙の結果、政府が指名した候補者は皆落選、当選したのは村民が推薦した候補者ら7人であった。

●当選された7人のうちの6人が政府の強い圧力を受け、政府に提供された辞職用紙に署名し、最後の一人も23日に辞任。

●9月29日、「免職委員会」が告示を出し、村委会主任を免職する動議に署名した584名の村民の中、396人が放棄したため、残りの人数は村の全員人数(1502)の1/5未満になり、免職動議が失効したという旨を公布。
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