【大紀元日本2月4日】中国四川省綿陽市郊外にある永興鎮板房区は綿陽校外にある最大のバラック小屋地区。ここに住んでいるのは全て四川省北川県で起きた大地震による被災者である。バラック小屋の壁には結婚相手の募集広告がたくさん貼られている。北川県現地の人と結婚する人もいれば、上海から来た人と結婚する人もいる。北川県民生部門関係者によると地震後、全県において2千組の片親家庭が生まれたと考えられているという。
『揚子晩報』によると、しばらくの間、皆で集まり地震について語り合い、涙を流し互いに慰め合っていた。その後、ゆっくりと新たな生活を開始しなくてはならないことを悟り、もともとよく知っている者同士が共に生活するようになった。恋愛は簡単で、「一緒に生きていこう」という一言で両家が家族になり、片親を失った子供には再び父親や母親ができる。昨年、十数人が新たに家庭を作った。彼らの中には弟と兄嫁、姉婿と妹、さらには兄が弟の嫁と結婚するケースもあった。
ある男性は地震発生前に8歳年上で子連れの女性と結婚し、当時、北川県で注目された。しかし地震により妻は死亡。彼らの間にできた子供も死亡した。彼は妻の連れ子と共に生活し、非常によく面倒を見ていた。亡妻の妹は深く感動し、姉婿と結婚することを決めたという。「彼らは姉婿と妹の兄妹婚だが、皆が祝福した」と住民は話している。
「大きな傷を負った心には慰めが必要です。一番の慰めは愛情です」これは湖北省の女性・左雪麗さん(23)の言葉だ。この言葉は彼女が震災で妻を亡くした李雪松さん(39)のそばにいたことから出ている。「彼は義理堅く、良い人です」と左さんは話す。「私は当時、彼の娘さんの世話を手伝いたいと思い、同時に彼の役に立てないかと考えここに残りました」まだ小さく、毎日左さんと一緒にいた李さんの娘はすぐに打ち解けた。娘の次第に明るくなる笑い声に李さんは確信し「男は責任を負わなければならない」と、職を探し始め、何も無くなった家に少しずつ物を増やしていった。
経済条件は、地震後に家庭を新たに築くための重要なポイントである。北川県民生部門関係者は「経済条件が良いことは相手を探し易くなるポイントである」と話している。
今年42歳になる電気工の婁さんは、地震で10歳の子供を亡くしている。種々の原因で妻とも別れた。しかし機械工の魏玉さん(34)に会うちに気持ちが振るい立ってきたという。婁さんは、多くの北川県民は震災で受けた傷を負って、皆が互いに心の中を話せる、ぬくもりを与えてくれる相手を望んでいる。しかし震災前の家庭の多くは良い環境であったため、すぐに再婚することは難しいだろうと話している。
(翻訳編集・坂本)
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