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【漢詩の楽しみ】 憫農(農を憫む)

 【大紀元日本1月28日】

(其の一)
春種一粒粟
秋収万顆子
四海無閑田
農夫猶餓死

(其の二)
鋤禾日当午
汗滴禾下土
誰知盤中餐
粒粒皆辛苦

 春に種(う)える一粒の粟。秋に収める万顆(ばんか)の子(み)。四海(しかい)閑田(かんでん)無きも、農夫なお餓死す。禾(か)を鋤(す)いて、日午(ご)に当る。汗は滴(したた)る禾下の土。誰か知らん、盤中の餐。粒粒、皆辛苦なるを。

 詩に云う。春に一粒の粟を撒いておくと、秋には何万粒もの実がなる。そうして国中のどこにも遊ばせている田畑はないのだが、それでもなお、農民は餓死しているのだ。稲に鋤を入れていると、ちょうど真昼の太陽が照りつけ、吹き出る汗が稲の下の地面に滴り落ちる。誰が知っていよう。この盤(はち)のなかの飯の、その一粒一粒が、みな農民の辛苦の結晶であることを。

 作者の李紳(りしん)は中唐の人。「粒粒皆辛苦」という言葉の出典として有名な詩だが、鑑賞すべきはむしろ第1首のほうかも知れない。

 描いているのは全て農民の、想像を絶する労苦の実態である。それにしても第1首の内容はすごい。春に一粒の種を植えれば、秋には何万粒も収穫できる。しかも国中の農地でそうしている。

 それでも農民が餓死するのはなぜか。詩はそのような反語形式にはなっていないが、この詩に接した者は、自ずからその問題を考えないわけにはいかない。

 農民にのしかかる重税が背景にあることは確かであろう。だが、それにも増して胸に迫るのは、「農民が汗水たらして育てた一粒一粒の苦労を、為政者の誰が知っているか」とたたみかける詩人の気迫なのである。

 作者は、科挙の最高クラスである進士に合格した、国家の高級官僚である。その立場、つまり為政者の立場でこの詩を詠むことは、ある意味で大きな勇気がいる。

 それができるのは唐という時代がもつ健康さであるとともに、この詩人のなかに、中国伝統文化に根ざす人道主義が正常に作用していたことを示すものだろう。

 
(聡)


 (12/01/28 08:37)  





■キーワード
漢詩の楽しみ  李紳  粒粒皆辛苦  


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