THE EPOCH TIMES

<大地震!そのとき私は>八王子の路上で

2011年03月16日 10時28分
 【大紀元日本3月16日】3月11日金曜日、2時40分ころ、運転業をしている私のバンが左右に揺れ始めた。通常の震度3、4程度の地震は走行中は感じないが,今回の地震はすぐに感じた。道ばたに即座に停車した。最初は少しずつ揺れ、だんだん大きくなった。

 八王子から昭島に向かう途中、ちょうど多摩川にかかる立日橋から300—400メートル手前のところだった。モノレール沿いの下の道だったため、頭上のモノレールが大きく揺れ、目が離せなくなった。

 地面の上に立っているもの全てが揺れ動いた。電線、電柱、そして信号機は倒れてきそうだった。

 通常1時間の八王子から新宿までの道のりを7時間半かけて、ようやく会社に戻り、自宅に着いたのは朝の2時半。

 高速道路は全て閉鎖。渋滞の甲州街道を避けるため川崎街道に入ったが、どこも同じだった。多摩川を渡って調布に入った。東八道路から吉祥寺通りに入り青梅街道から新宿へ。

 中国から日本に在住するようになって10年を超えるが、日本人の忍耐強さには関心した。大地震が起き、渋滞に巻き込まれる中で、皆、落ち着いて整然とルールを守って行動している。一人でも自分中心の人が出れば、交通マヒになってしまうが、自動車が合流するところでは1台ずつ順番に入っていくという暗黙の了解が守られることで、時間がかかっても皆が目的地に着ける。

 また、ドライバーのためのラジオ番組の切り替えの速さには驚いた。運転手にとって助かる情報を流してくれた。

 電車が止まり、高速道路が閉鎖され、多くの通勤者が、柔らかい靴や自転車を買って、地図を見ながら何時間もかけて歩いている姿を渋滞で動かないクルマの中から眺めていた。

(文・天城)


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