【大紀元日本10月4日】
ある日、孔子が外遊していた途中、自分の馬が農夫の農作物を食べてしまった。農夫は非常に腹が立ち、その馬を捕まえて閉じ込めた。
この事を知り、子貢は農夫のところへ行って謙って馬を放してほしいと願った。しかし、その農夫は全く子貢を相手にしなかった。
それで、孔子は子貢に言った。「他人には聞いても分からない道理で説得するというのは、まるで野獣を招いて太宰(祭祀をとり行う際に用いた牛、羊、豚のことで、最も豊富で最高級の祭祀品)をご馳走するのと同じで、また飛鳥を招いて九韶(古代の名曲で、夏禹が作曲したものと言われ、孔子はこれを聞いてかつて3カ月も肉の味がわからなかったと言われる優雅な曲)を聞かせると同様だ。これはわたしの誤りであって、決して農夫の誤りではない」。そして、馬方を謝罪に行かした。
馬方は農夫のところに行った。「あなたは家を離れ東海の海岸で耕作したことはないだろうが、わたしもこの西方を訪れたことはなかった。でも、東方にしても西方にしても、農作物はまったく同じだ。それゆえ、家の馬はあなたの農作物であり食べてはいけないとは知らなかったわけだ」
これを聞いて、農夫はもっともだと思い、すぐ閉じ込めた馬を馬方に返した。
(本文は『智嚢全集』より編集)
(翻訳編集・小林)
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