習主席を陰から支え続けた太子党大物が死去

2016/07/18 13:00

7月10日午前1時、中国共産党元老の葉剣英の次男で葉選寧氏が広州で死去した。79歳だった。一般には名は知られていないものの、政治や経済界に太いパイプがあり、文芸においても才能をあらわした。習一族とは2代にわたり交友関係にあり、反腐敗運動の局面において、習近平氏を支えた。


 葉氏は1938年9月に香港で生まれ。父親の葉剣英氏は中国共産党元帥で、中国共産党人民解放軍の創立者の1人。母親の曽憲植氏は清代末期の政治家・曽国藩の血を引く。容姿も教養も優れた女性だったという。

 同氏がいかに努力家だったかを示すエピソードがある。母親側の曽一族は老若男女を問わず書写に通じていたことで知られていた。葉選寧もまた3歳から書に親しみ、書家としても、31歳の時に機械に右腕を切断されるという不幸な事件に見舞われてしまった。右腕で筆を持つことが叶わなくなった同氏は、その後筆を左に持ち替えて一から書の練習を始め、数十年の地道の努力でまた立派な書家として名を挙げ、書写個展も開くようになったという。

 1988年9月、軍の階級制度が復活して初めての階級授与の際、同氏は少将に任命された。1990年からは軍総政治部連絡部部長に任命され、1993年から中国凱利実業有限会社の社長・会長にも兼任、97年に退役した。

 総政連絡部は中国共産党の「特務」諜報機関であり、葉氏は表では凱利実業の社長だとしているが、実は中国共産党三大諜報機関の1つの「お頭」である。

 葉氏は独自の人脈関係を通じて、短期間に凱利実業の知名度を上げ、多大な利益を得た。その利益の大半を総政連絡部の情報収集の資金として投じた。一時総政治部の情報収集力が総参謀部を凌駕したほどであった。

 一般には知名度の低い「大物を動かせる人物」

 事情通は、同氏のことを「大物を動かせる謎めいた非常に頭の切れる人物だった」と称している。卓越した才能で、軍上層部やビジネス界において目覚ましく活躍し、人間関係においても幅広いネットワークを築いた。太子党の中でリーダー格とみなされているという。一方、市民はこのことをほとんど知らない。

 2012年11月の中国共産党第十八回全国代表大会(以下、十八大)前、失脚した元最高指導部メンバーの周永康らによる政変計画が暴かれた「重慶事件」が起きた際、江沢民一派が習近平氏を失脚させ、その後釜に同じ太子党の薄熙来を据えようと画策していたことが明らかになった。中国の政治の中枢部、中南海での権力闘争が公になり、政局が混乱におちいる中、葉氏は公然と習氏を支えた。

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