THE EPOCH TIMES

もがく海南省、自由貿易区設置で局面打開になるのか

2018年04月26日 08時00分

中国当局は今月、海南省全域で自由貿易試験区・自由貿易港を設置すると発表した。経済成長への期待感が高まる一方で、過去30年間、海南省経済政策はほとんど失敗したことに関心が集まっている。

海南島の地域経済活性化

中国当局は13日、海南島全域に及ぶ大規模な開発計画を公表した。また14日、当局は『海南全面深化改革開放に関する国務院による指導意見』において、開発の具体的なタイムテーブルを発表した。

これによると、2020年までに海南自由貿易試験区建設を大きく進展させ、国際開放度を大きく高める。2025年までに海南自由貿易制度を初歩的に打ち立て、ビジネス環境を国内一流水準とする。2035年、海南自由貿易港の制度体系、運用モデルをさらに成熟させ、ビジネス環境をグローバルで一流水準に高める。

さらに、当局は海南島で競馬ビジネスの発展やスポーツくじの発売などを促進していくと示した。一部の報道では、中国当局は島内でのカジノ解禁を検討しているという。

しかし、中国当局は過去にも海南島の経済成長を促進させる政策を実施してきたが、いずれも失敗に終わった。

80年代の輸入車転売ブーム

中国共産党政権になってから、海南島は長い間、広東省内の行政区の一つだった。島の主要産業は天然ゴム生産だった。

1984年、当時最高指導者の鄧小平氏が中国南部を視察した際、「今後20年で海南の経済水準を台湾のレベルまで発展させることができれば、大きな勝利となる」と発言した。

この発言を受けて、国務院(最高行政機関)は『海南島発展建設の加速化に関する問題の議論紀要』を公布し、海南島区政府に対して、地域経済活性化のため、区政府が保有する外貨を運用して、農業や工業生産に必要な物資と海南島内で不足する自動車やテレビ、冷蔵庫などの消耗品の輸入を認めた。しかし、中央政府は、輸入した物資は島内の使用に限る、と販売に制限を設けた。

当時の区トップの雷宇氏はこの規制緩和を利用して、海外から自動車を輸入し、島外に転売することで一獲千金を狙った。このため、当時島のほとんどの住民や海南島に駐留する海軍も自動車の転売に身を投じるほど、一大ブームとなった。

中国当局はその後、雷氏らの行政が国内市場秩序を乱したとして批判し、雷氏を広東省花県政府に左遷した。海南島初の経済活性化計画は失敗に終わった。

88年4月、当局は海南島を広東省から分離し、海南省として新たに設立した。同時に、省全域を経済特区に指定した。

香港メディアの過去の報道によると、89年北京で起きた大規模な民主化運動、「六四天安門事件」の影響で、海南省上層部では粛清が行われ、地元の経済成長はまたも停滞した。

当時海南省の梁湘・省長は、学生の民主運動に理解を示した国務院総理の趙紫陽氏を支持した。武力鎮圧に反対した趙氏はその後失脚した。この影響で、当局は経済犯罪の疑いで梁省長を失脚させた。

1990年、梁氏の失脚後、海南省トップである許士傑・省党委員会書記も免職された。鄧鴻勛・江蘇省党委員会副書記が、海南省トップに就任した。

90年代不動産バブル崩壊

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