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2009年ノーベル文学賞受賞者、ヘルタ・ミュラー氏(Claudio Bresciani/AFP/Getty Images)

「暴政に抹殺された人のために生きる」=ノーベル文学賞受賞者

 【大紀元日本1月8日】2009年のノーベル文学賞を受賞したことで、ルーマニア出身のドイツ人女性作家ヘルタ・ミュラー氏の名はたちまち、全世界に知れ渡った。スウェーデン・アカデミーは「詩の濃密さと散文の率直さで、疎外された人びとの景観を見事に描き出している」と授賞理由を説明した。秘密警察による監禁と脅迫を受け、独裁政権を生き抜いたという異色な経歴を持つミュラー氏は授賞式講演で「体制への恐怖が私を執筆に駆り立てた」と述べた。この授賞により、共産党政権に苦しめられた人々の境遇に光を当て、共産思想について再考する契機ともなった。

 東欧は20世紀にナチズム、そして共産主義と二度にわたり、独裁政権の耐え難い苦しみを経験した。長い間暴力と憎悪が渦巻いたこの社会に人々は失望し、出口を見出せず、社会全体に淀んだ空気が流れていた。この抑圧された社会はのちにミュラー氏の作品に大きな影響を与えることになる。1953年、ミュラー氏はルーマニアの中のドイツ語圏、バナト地域に生まれた。シュバーベン人と呼ばれるドイツ系少数民族の出身で、ドイツ語が母語である。父親は第2次大戦中、ナチス武装親衛隊で兵役を務め、母親は1945年にソ連の収容所に連行され、5年間の監禁生活を送った。祖父母は元々裕福な農民だったが、共産党政権に全財産を取り上げられた。

 「祖父母は昼夜休むことなく、来る日も来る日も働き詰めでいた。お金が貯まっては土地を購入していた。しかし、共産党の一党独裁政権のルーマニア共和国が成立してから、全ての財産が取り上げられ、17歳の時、母が収容所に送られ、多くの人が目の前で死んでいったのを見ていた。母と同年代の人はほとんど、収容所に送られていた。それについて公に話すことはとても危険であったため、大人は隠語で情報を交換していた。幼少時から、言葉で言い表せないような圧力を肌で感じ、いつかそれを文字にしようと思っていた」という。

 ティミショアラ大学でドイツ文学とルーマニア文学を専攻し、政局に不満を持つようになり、言論の自由を求める青年作家の団体と接触し、大きな影響を受けた。当時、チャウシェスク大統領統治下のルーマニアでは、セクリタテアと呼ばれるルーマニアの秘密警察の活動が活発化し、反政府勢力を大規模に弾圧していた。ミュラー氏もこの魔の手から逃れることができなかった。1979年に大学を卒業後、ミュラー氏は工場で技術翻訳に従事していたが、セクリタテアから協力を求められた。二度にわたり、それを拒否した後、「いつか後悔するときが来る。そのうち、川にでも落とされるぞ」と脅された上、彼女がスパイであるとのデマをばら撒かれ、まもなく失職した。ある日、私服警察によって連行され、売春婦に仕立てられた。その後、投獄され、数々の暴行を受けた。その時の状況を「恐怖のどん底に突き落とされたと感じた」と回想する。それ以来、ミュラー氏は執筆活動を通して、やるせない憤りの気持ちを文字にぶつける様になった。

 1978年、処女作の短編小説集「澱(よど)み」(Niederungen)が完成した。この作品は、バナトのドイツ人村の日常を子供の目を通して淡々と描いている。ミュラー氏は、幾層にも重なる抑圧の構造を鋭く切り込み、鮮烈に描き出すことによって、その不条理を際立たせることに成功した。当時の全ての出版物と同様に、当局の検閲を経て、4年後にやっと出版に漕ぎ付けた。そのとき、逃亡が連想されることを理由に、本から「スーツケース」という言葉の削除を命じられた。これについて、ミュラー氏は「政府によって意味を変えられた言葉を使わないよう、心がけている。言葉自体は反抗の道具にはならないと思い知らされた」と述べた。1984年、未検閲の本が西ドイツで出版され、注目を集めた。

 自身の執筆活動について、ミュラー氏は「題材を探したことは一度もない。いつも題材が脳裏に浮かび、それを書き出しただけ。作家は、これができなければ、筆を手にする必要はない。この世には出版物があふれているから」と語った。心の底から湧き出る執筆の意欲に思うままに従い本を書いたのだ、ミュラー氏はルーマニアのドイツ語作家の中で傑出した存在となり、「抑圧のタンゴ」(1984)、「裸足の二月」(1987)などの作品を世に送り出す。邦訳では1997年、秘密警察と相互密告制度で抑圧される80年代のルーマニアの民衆の日常を描いた長編「狙われたキツネ」(1992)がある。

 体制への批判が危険視されて、1984年に一切の本の出版を禁じられ、1987年に文筆家の夫リヒャルト・ヴァーグナー氏と共に西ドイツに移住、大学講師をしながら作家活動を続けた。

 ヨーロッパ文学賞(1995年)、国際IMPACダブリン文学賞(1998年)およびベルリン文学賞(2005年)などを受賞。

 ミュラー氏は、ドイツで20年過ごしたにもかかわらず、ルーマニアを忘れたことはないという。「ルーマニアの独裁政権下での生活は私にとって忘れられない。ドイツにいながらも、過去の日々が脳裏をよぎる。独裁政権への批判は今でも私の作品の出発点だ」と述べた。「多くの友人が亡くなったが、なぜ私がまだ生きているのかが分からない」と無念さを口にし、「体勢への恐怖が私を執筆に駆り立てた」と言う。

 ミュラー氏は自身の経験から、共産党が歴史上で起こした恐怖と暴力について、人々の認識はまだまだ足りていないという。彼女は独裁政権が行なってきたことに対しもっと注意を払うべきであり、そのまま存続させてはいけないと訴えた。現在の最大の共産主義国家である中国について、「中国経済とその他の領域の発展は確かに目覚ましいが、依然として人権を無視している。当局は人々に文化大革命についての発言を禁じているだけでなく、6・4天安門事件で学生たちが虐殺されたことに関する言論さえ禁止している。彼らはそのイデオロギーが完全に正常な人の状態から背いているのを理解していないようだ」と述べた。

 ノーベル文学賞受賞後の記者会見で、ミュラー氏は「私は全ての独裁の目撃者でもある。ナチス、収容所、軍事独裁政権とイスラム教の宗教独裁が含まれている。多くの人は迫害で亡くなり、多くの命は散ってしまった。迫害で亡くなった友人、そして全ての暴政に抹殺された人のために生きていきたい」と述べた。

(翻訳編集・高遠)


 (10/01/08 05:00)  





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