THE EPOCH TIMES

【ショート・エッセイ】 注文の多い「山猫軒」

2010年09月26日 07時00分
 【大紀元日本9月26日】童話は、春の若菜のような純粋さをもっている子供たちを、柔らかな陽光のように包みこむ。ただ不思議なことに、その童話の深みをしみじみと理解できるのは、昔子供だった自身が大人になった後であることが多いのだ。

 宮沢賢治が37歳の短い生涯を閉じたのは77年前、1933年の9月21日であった。

 『注文の多い料理店』は賢治の童話作品のなかでも、最もよく知られた一つであろう。

 物語は、イギリスの兵隊のような無恥な格好をした若い紳士が二人、ぴかぴか光る鉄砲を担いで、東京からこの山奥へやってくる場面から始まる。

 「早くタンタアーンと、やって見たいもんだ」などと口走る二人は、殺生を遊戯としかとらえられず、連れてきた二匹の白い猟犬が泡を吹いて死んでしまっても「 ぼくは二千八百円の損害だ」と金銭的な発想しかできない軽薄な俗物なのである。

 案内をしてきた地元の猟師とはぐれ、山道に迷い、空腹で倒れそうになりながらたどり着いたのが「山猫軒」という看板を掲げた西洋料理店だった。「当店は注文の多い料理店です」と書かれた字を見て、これはお客に人気があって注文が多い料理店なのだと、自分たちに都合よく思い込む二人。

 しかし、長い廊下をだいぶ進んでから、ようやく変だなと気づく。クリームを塗ったり、酢をかけたりという先ほどからの注文は、客が店に料理の注文をしているのではなく、店がこちらにしているのではないか。

 「だからさ、西洋料理店というのは、ぼくの考えるところでは、西洋料理を、来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家とこういうことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……」

 すべて引用するには及ぶまい。最後の扉の鍵穴の向こうから、舌なめずりをしてこっちを見ている目。二人は恐怖のあまり、顔を「くしゃくしゃの紙屑」のようにして、泣きに泣いた。

 その直後、途中で死んだはずの二匹の白い猟犬が飛び込んでくると、注文の多かった「山猫軒」は一瞬にして消えた。

  同じく、途中ではぐれた案内の猟師が追いついてくる。「おおい、ここだぞ、早く来い」と相変わらずの傲慢な口ぶりの二人ではあるが、その空腹を満たしたのは西洋料理ではなく、田舎猟師のもってきた団子であった。ただ、紙屑のようになった二人の顔は、東京に戻っても直らなかったという。

 愚かな人間の結末が見るに耐えない狼狽であることを、宮沢賢治は書いた。それを多くの日本の子供たちが読み、胸に大切にしまいながら大人になった、……はずである。 

 
(埼玉S)


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