THE EPOCH TIMES

【人生つづれ織り】 お客から教わる温故知新 山本そろばん店 岩崎宏美さん

2010年12月28日 07時00分
 【大紀元日本12月28日】『ジャンジャン』と『ちきちき』。そろばんの質は振って鳴らしてみるとわかる。前者は硬い黒檀の珠(たま)が並ぶ方で、その音には深みがある。後者は柔らかい方で、軽いプラスチックのような音だ。素人耳でも違いは明らかにわかる。

 江戸の下町情緒あふれる街・東京浅草に、そろばん専門店「山本そろばん店」がある。創業70年のお店は約100種のそろばんを揃える。この店のお客を最初に出迎えるのは、2メートルはある大型そろばん。昭和20年代に大学講堂での授業用に作られた特注品で、手のひらほどある珠が並ぶ特大そろばんを目にすると通行人は思わず足を止める。

 
珍しい大きなそろばんに、思わず写真を撮る通行人(撮影・大紀元)

お店に立つのは岩崎宏美さん。店主のお母様に代わって店を切り盛りする。冒頭のそろばんの見分け方について教えてくれた。明るい声と大きな笑顔で、会話を楽しみながら接客する。「そろばんは、ほぼ一生ものでしょう」と、1時間以上かけてお客さんの相談にのることも珍しくない。自身の役割は、「お客様とそろばんの縁を結ぶ手助けをすること」だという。

 「どれが良いそろばんなのか」とのお客さんの問いに、宏美さんは「使いやすいものが一番」と答える。黄、赤、黒などの色や、指の太さに合う珠の大小、鳴る音、竹ひごと珠の絶妙なバランス。「そろばんは、実際に触って弾(はじ)いてみないとわからない」と宏美さんは言う。

 宏美さんはこんな話をしてくれた。お店を訪れたIT関連の会社に勤める2人。IT業界では数学理論に強いインドなどが台頭する中、彼らと競合するためにも日本の伝統的な数学の観念を見直そうと、会社でそろばん同好会を立ち上げたのだそうだ。2人は宏美さんの説明を聞き、納得するそろばんを購入した。

 一方、2人と同じ会社に勤める別の技術者が、通販で粗悪なそろばんを購入して失敗していた。2人はこういって同僚に山本そろばん店を勧めたという。「そろばんは、弾いて決めなきゃ、だめなんだ」。3人のIT技術者たちの話を、宏美さんは嬉しそうに話してくれた。

 山本そろばん店には、思いがけない職業の人々が訪れる。

 ある理工系専門のお客さんは、そろばんの珠のオン・オフの概念に注目していたという。10年ほど前、ある有名大学の力学博士が店を訪れ、そろばんの珠とひごの間隔を真剣に見ていた。珠を弾いた時、滑りすぎず、つっかえない珠とひごの絶妙な空圧バランスを、流体力学研究の資料にしたいと考えていたのだそうだ。
会話を楽しみながら接客する。1時間以上かけてお客さんの相談にのることも珍しくない(撮影・大紀元)



 「そろばんの可能性は、お客さまが教えてくれます。それが現代科学などに活かされたなら温故知新」と、縁結びとしての役目に対する宏美さんの姿勢はとても大らかだ。

 宏美さんは小さい頃、店先の「大学そろばん」で友達と背比べをしたそうだ。「私は何ケタ目、ああ○○ちゃんは何ケタ目だね」と、縁に印をつけていた。今でも時々、小さな子供が来て自分の背丈を計るしぐさをする。

 東京スカイツリーの完成を控え、今後も賑やかになりそうな浅草。山本そろばん店のシンボルである「大学そろばん」は、今日も街の変化を見つめている。この「大学そろばん」は壊れたら直す術はほぼ無いという。宏美さんは、「余命をゆっくりと過ごさせてあげたい」と推定60歳のそろばんをいたわる。

 ホームページも作らない。広告も一切出さない。「一生もののそろばんだからこそ、手にとってみてほしい」と語る宏美さんの思いは尽きない。

(佐渡道世)


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