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(Domminikki/Creative Commons)

【漢詩の楽しみ】 清明(せいめい)

 【大紀元日本3月29日】

清明時節雨紛紛
路上行人欲断魂
借問酒家何処有
牧童遙指杏花村

 清明の時節、雨紛紛(ふんふん)。路上の行人(こうじん)、魂(こん)を断たんと欲す。

 借問(しゃもん)す、酒家(しゅか)は何(いず)れの処(ところ)にか有る。牧童、遙かに指す、杏花(きょうか)の村。

 詩に云う。春の盛りの清明節のころ、「こぬか雨」に降られてしまった。その雨は、道行く旅人である私の心を、すっかり滅入らせてしまう。そんな折、出会ったのは村の牛飼いの子供。嬉しくなった私は声をかけた。「これこれ、すまんが酒を売る店は、どこかにないかな」。すると子供は「あっちだよ」。子供が指差した遥かその先に、白い杏の花が咲く村が見えた。

 必ずというわけではないが、韻文による文学は、ある意味で一幅の絵画である。だとすれば杜牧(803~852)のこの一首は、「風景画」としては最高の部類に数えられるであろう。

 二十四節気のひとつ清明は、春分から15日目、陽暦で言えば4月5日ごろに当たる。寒さもゆるんだこの頃、中国の人々は墓参を兼ねて野歩きを楽しむのだ。

 この詩の主人公も、清明のこの時、田舎の野道を歩いているらしい。それは作者自身なのであるが、この場合、杜牧が実際にそこを歩いている光景を想像しなくてもよい。要するに、そういう設定で楽しむ詩なのだ。 

 話を元へ戻すが、何より想像する価値があるのは、この詩に描かれた風景の美しさである。

 明るく美しい江南の春は、また雨も多い。ただこの雨は、ザーザーと落ちる雨ではなく、青葉をしっとりと潤す絹のように細やかな雨、言わば詩情を醸す霧雨なのである。

 そんな雨に濡れて、いささか気が滅入っていた旅人は、道で村の牛飼いの子供に出会う。

 「借問」とは、「少々、ものをお尋ねいたす」という、漢詩でよく使われる決まり文句なのだが、それを村の少年に使うところが心憎い。ともかく、ここで出会った相手が大人ではなく、子供であるのがすばらしいのだ。

 大人ならば、大官を前にして地にひれ伏しでもしようものだが、子供にそのような身分の上下は分かるはずもなく、またこの主人公もそれを喜んでいる節がある。

 ちなみに「牧童」とは、家畜なら何でもいいのではなく、必ず牛飼いの少年であり、しかも実際に牛を連れているか、牛の背に乗っているというのが漢詩の定番になっている。

 旅人は牛飼いの子供に、酒屋の所在を尋ねる。あっちだよ、と子供が指差した先には、杏の花咲く村里が、やわらかな雨の中に浮かんでいた。まるで絵画のように。

 この詩は、豊かな想像力で鑑賞するものである。解説など野暮というものであった。

 
(聡)


 (11/03/29 07:00)  





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漢詩の楽しみ  杜牧  清明節  二十四節気  


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