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⑦厩橋 昭和4年竣工(大紀元)

隅田川 十二橋(2) 希望は悲しみを越えて

 【大紀元日本5月21日】隅田川の橋をよく見てみると、鉄鋼による造形の見事さに改めて驚かされる。

 しかも、それぞれが「顔」をもつ。橋の形状や色彩に、それぞれの個性があって、見ていて実に飽きないのだ。

 白銀の巨大な鶴翼にも似た白鬚橋。浅草の町の風景に溶け込んだ赤い吾妻橋。モスグリーンの三連アーチが楽しい厩橋。山吹色が目に鮮やかな蔵前橋。世界でも珍しい吊り鉄橋で、貴婦人のように優美な清洲橋。日本の古武士のような風格をもつ永代橋。現存する跳開橋として貴重な文化財でもある勝鬨橋。

 そして、それら戦前の名橋からすれば孫娘に当たる、昭和60年竣工でX型の人道専用橋・桜橋。まさしく隅田川は、美しい橋とともにあると言えるだろう。

 関東大震災の悲劇から22年後に、東京は再び大火に見舞われた。

 天災の招いた火ではなく、戦火にである。とりわけ昭和20年3月10日の東京大空襲はすさまじく、関東大震災にほぼ匹敵する10万人の死者・行方不明者を出した。

 3月9日の深夜から未明にかけて、東京の東部住宅地に対し、米軍は焼夷弾による大規模爆撃を行った。東京の下町は火の海となったが、その中で、隅田川に架けられていた鉄橋は関東大震災の時のように焼け落ちることなく、避難民の脱出に役立った。

 ただし、むごい悲劇も起きた。浅草に近い言問橋では、橋の双方から対岸へ逃げようとした大量の避難民がぶつかった。そこへ側面から高温の火災旋風が襲い掛かり、橋上の人々を生きながら焼き尽くしたのである。川へ飛び込んだ人は、凍死または溺死した。この時、隅田川は無数の遺体で埋まったという。

 66年が過ぎた今日でも、言問橋の欄干の石柱に黒い染みを目視することができる。当時、この橋で焼死した人々の脂が焼きついたものだと言い伝えられている。

 悲しみを乗り越えて復興する東京を、隅田川の橋は静かに見つめ続けてきた。

 明日にかける希望の橋。手に触れる鋼鉄の骨組みが、いかにも力強く、頼もしい。

 天気の良い日に、その橋を歩いて渡ることは、なかなか豊かな散歩の時間になるだろう。

⑧蔵前橋 昭和2年竣工(大紀元)

⑨両国橋 昭和7年竣工。2011年8月末まで補修中(大紀元)

⑩清洲橋 昭和3年竣工(大紀元)

⑪永代橋 大正15年竣工(大紀元)

⑫勝鬨橋 昭和15年竣工(大紀元)

(牧)

 (11/05/21 07:00)  





■キーワード
隅田川  十二橋  関東大震災  東京大空襲  復興  


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