THE EPOCH TIMES

「私の腎臓どこに行ったの?」 ある中国人女性の実体験

2011年05月04日 08時01分
 【大紀元日本5月4日】中国浙江省在住の女性・薛妹珍さんは20年前に交通事故に遭い、すい臓摘出と腎臓修復の手術を受けた。しかし、事故から10年後の健康診断で、左側の腎臓が無くなっていると告げられた。以来、真相究明のため、彼女一人の長い戦いが始まった。海外の中国語ニュースサイト「阿波羅」が報道した。

 2001年に左腎臓が無くなっていると知らされた薛妹珍さんはまず、当時手術を行った嘉興市第一病院に駆けつけた。病院側は検査を行い、左腎臓は無くなったのではなく萎縮していると彼女に説明した。その説明に不審をもった薛妹珍さんは、現地の複数の大病院で検査を繰り返した。結果はいずれも同じで、「左側の腎臓がない」というものだった。

 薛妹珍さんは、嘉興第一病院を相手に裁判を起こした。

 まもなく司法鑑定が行われ、薛妹珍さんの左腎臓は手術で切除されたとの結論が出た。それに基いて、嘉興市第一病院が敗訴し、薛妹珍さんに11万元(約137万円)の損害賠償を支払うとの判決が下された。

 この判決に対して、薛妹珍さんは賠償額が少なすぎるとし、一方病院側は賠償責任はないとして、それぞれ嘉興市中級人民法院に上告した。裁定の結果、同案件を一審の裁判所に差し戻して再審理せよとの判断が下された。

 すると間もなく、浙江省医学会から本案に関する再鑑定の結果が出た。それは「(薛さんの)左腎臓は切除されたのではなく、萎縮したのである」との結論であった。つまり、病院側の主張が認められたのである。その主な根拠は、被告人である病院が提供した腎臓萎縮を示すB超音波による写真2枚である。

 言うまでもなく、薛妹珍さんは納得するはずもない。真っ向から対立するこの二つの鑑定結果は、いずれも国の権威ある鑑定機関から出されたものである。そのような状況の中、一審の裁判所は審理を先送りし始めた。

 薛妹珍さんは、医学会のテーブルを叩き、「それなら、さっさと私の体を切り裂いて、左腎臓が残っているかどうか確認してもらおうではありませんか」と迫った。

 複数の珍事件の鑑定で名が知れ渡り、国家司法部が認可した北京市華夏物証鑑定センターが証拠物件の鑑定を請け負った。間もなくしてその結果が出た。被告側である嘉興第一病院が提示したカルテの信憑性に疑問を呈した上で、当時の薛妹珍さんの交通事故での負傷状況では腎臓が損傷した可能性はほとんどないと結論づけた。

 この鑑定結果によって、2つの問題が浮上した。腎臓が負傷しなかったら、なぜ修復手術が必要なのかということと、修復手術したはずの腎臓がなぜ無くなったのかということである。

 裁判所が本案を一向に審理しようとしない中、水面下では動きがあった。政府機関を調停人として、薛妹珍さんに損害賠償支払いの和解案を持ちかけてきたのだ。結局、薛妹珍さんは被告側の病院から20万元(約250万円)の損害賠償を受け取る代わりに、次の三つの約束を交わさせられた。浙江省医学会の鑑定結果を受け入れること、本訴訟案を撤回すること、本件に関する法的訴訟を二度と行わないこと、である。

 2001年に左腎臓が無くなったのを知ってから、2004年に法的訴訟を起こし、2009年に終止符を打つまで、女性一人の戦いの道のりは長かった。

 20万元の損害賠償の裏に隠されている真相は、一体何であったのだろう。

 被告と原告の間で、一応の和解は成った。しかし、彼女の腎臓が「消えた」ことについての真相が明らかにされたわけではない。その不可解さは、まさに現代中国が抱える闇の一面を表しているのかも知れない。

(翻訳編集・叶子)


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