THE EPOCH TIMES

「だれが私の腎臓を盗んだのか」 ある中国人男性の叫び

2011年10月29日 09時04分
 【大紀元日本10月29日】中国河北省在住のある尿毒症患者は複数の病院で検査したところ、左腎臓が無くなっていると診断された。この患者は数年前受けた人生唯一の手術で左腎臓が盗まれたと確信し、この病院を相手に裁判を起こした。

 中国政府系紙・法制日報傘下の「法治週末」紙は25日、本件を詳細に報道した。

 河北省邯鄲市在住の尿毒症患者・高兵強さんは病床に横たわっていた。目が細くなるほど顔がひどく腫れており、お腹は大きく膨らんで、青色の静脈血管が微かに見える。お臍の左上には、10数センチの手術の跡がはっきりと残っている。

 部屋にはベッド一つとテーブル一つしかない。この10カ月間、母親の常素娥さんは付き切りで看病してきた。寂しさを和らげるために、母は中古のパソコンを借りてきて、隣人からインターネット接続のLANコードを引いた。ネットは彼が外部とコミュニケーションを取る唯一の手段で、最大の楽しみでもあるという。

 2011年9月29日、高さんはインターネットでSOSを出した。「邯鄲市の医者が手術で青年の腎臓を盗んだ」と題する文にはこう綴った。「私は邯鄲市在住の25歳の男性。2004年に交通事故で負傷したため、邯鄲市のある大病院で腸の縫合手術を受けた。なんとそのとき、医者は私の一つの腎臓を摘出したのだ。それにより、私は尿毒症を患った。しかし、病院はそのことを認めようとしない。私は皆さんの助けと法律の保護を切に願っている。重要な証拠はすでに入手できた。皆さん、ぜひ助けの手を差し伸べてください。私を助けてください」

 高兵強さんが文中で名指した病院は邯鄲市第一医院。翌日、彼はインターネットで6通の医療診断書を公表した。7年前の手術前には二つの腎臓は共に健全であったとする診断や、2010年末と今年の検査で「左腎臓欠如」との診断結果が記されている。

 その腸縫合手術は彼の生涯で受けた唯一の手術だ。
 
 法治週末の取材記者は当時の治療記録を確認した。入院当日に、邯鄲市第一医院は腹部B超音波検査を行った。報告書には「両腎の形、位置、大小は正常である」などと記されていた。翌日の手術前、二回目のB超音波検査を行った。その結果報告はさらに詳細だった。「右腎臓6.0×4.2cm、左腎臓5.9×4.2cm。形は正常、集合系統正常」

 左腎臓が無くなっていた

 昨年12月、高兵強さんは全身がだるいと感じ、顔が腫れ始めた。確認の診断をもらうため、常さんは息子を連れて邯鄲市の各大病院で検査を受けた。尿毒症末期と診断されたほか、左腎臓がないことが分かった。

 常さんは今年45歳だが、顔色が悪くて痩せ細っていた。実年齢よりはずいぶん老けている。「息子の体調が悪くなったその日から、私は食欲もなくなり、毎日2、3時間しか眠れない。夫も病弱で、私はこの家の大黒柱なのだ。もう、限界だ。これ以上頑張れない」と彼女は取材記者に洩らした。

 話によると、7年前に長男の高兵強さんが交通事故に遭ったため、治療費用を工面するため多額の借金をした。まだ完済していないのに、今度は夫が脳溢血で体が不自由になった。一家の収入源が絶たれて、次男は学校を中退して出稼ぎにいくしかなかった。

 数年間、苦しい生活を忍んできた矢先に、更なる不幸が降りかかり、長男が尿毒症末期と判明した。

 「もう本当に金がない。借りられるところは全部借りた。初めは漢方薬を飲んでいたが、あまり効果がないのでやめた。今はいかなる治療も受けていない。毎日豚の腎臓を調理して食べさせることしかできない」と常さんは記者に話した。

 高さんの親戚の1人は法治週末の記者に対して、「私たち庶民は大病院に勝てるわけがない。争いになると、負けるのは私たちに決まっている」とつぶやいた。

 邯鄲市第一医院の幹部と専門家一行6人が9月末に高さんの自宅を訪れたという。「半月経った今でも、何の説明もしてくれていない。どうすればいいのか」と常さんは嘆いた。

 同医院の所轄課長・張氏は記者に対して、「権威のある機関が、高さんの手術の傷口が唯一つであることや、腎臓が切除されたこと、または当時の腸縫合手術により腎臓が萎縮して消えたことを立証できれば、我々病院は責任を負う」と答えた。

 「腹部を切開して検査するのはもっとも確実だが、高さんの今の体力はそれに耐えられない。このような機会はもうない」と同課長も分かっているのだ。

 一方、中国解放軍285医院の腎臓内科の孔令恩主任は、法治週末の記者が持ち込んだ高さんのCT検査の写真を見てこう断言した。「左腎臓は完全に無くなっている。絶対に萎縮したのではない。どんなに萎縮しても必ず組織が残る。CTとB超音波では必ず確認できるはず」

 病院を相手に裁判する

 10月20日、高さんは弁護士に依頼して民事訴訟の訴状を作成した。邯鄲市第一医院を相手に裁判するのだ。一世一代の決心だ。

 同紙記者が調べた結果、同様な事案がこれまでに全国各地で発生していたことが判明した。その一部は次の通り。

 1996年、河北省石家庄市の男児・楊易君は「神経母細胞瘤」を患ったため、河北省医科大学の付属第二医院で切除手術を行った。3年後、左腎臓が無くなっていたのが発見された。

 1995年、江蘇省の女性張さんは腎臓のリンパ節剥脱手術を受けたが、7年後に左腎臓がなくなっていたと判明した。

 吉林省在住の潘さんは数年前に手術を受けたが、2000年に左腎臓が消えたことが発覚した。

 これらの事案はいま全部裁判中だが、患者側は「腎臓欠如」の診断報告書を手に、病院側が腎臓を摘出したと主張している。一方、病院側は腎臓がなくなったのではなく、病気により萎縮したとの一点張りである。これらの裁判は終わりなき戦いになりそうだ。

 「私の腹腔はまるでセイフティボックスだ。手術を行った医者しか入ったことがない。いまになって腎臓が無くなっていたことが判明した。私はだれの責任を追及すべきなのか。それは明らかなことではないのか」とある被害者はこのような質問を投げかけた。

                       
(翻訳編集・叶子)

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