【書道漫談】白と黒の調和

2005年09月07日 10時55分
 【大紀元日本9月7日】書道、絵画または篆刻を学ぶ人は「計白当黒」の言葉を知っているはずです。書道において、「黒」とは墨のある部分で、「白」とは墨のない部分を指します。「計白当黒」とは、墨の付いていない部分も描く字の一部と見なさなければならないことを示しています。ですから、作品の空白部分も字の一部とし、書かれる内容と同様に重要ということになります。筆を下ろすとき、字体の点線のみならず、筆と筆の間、字と字の間、行と行の間、そして作品全体が流暢でバランスが取れているかどうかが大切だとされています。

 鄭石如氏は、「常に白の部分を計り黒に当てていれば、奇妙な趣が溢れてくる」と言っていますが、まさに書道における素晴らしい境地です。単なる個々の字を上手に書こうとして、黒の部分だけに注意を注ぎ、全体的なバランスを考慮に入れていなければ、作品自体が単調となり、または不調和なものになってしまい、人々を引きつけることができなくなります。

 歴代の書道作品を吟味すれば、それぞれの作品が表した精妙に富んだ空間は、規定された機械式のようなものではなく、事前に計画し作成されたものでもないことに気づくでしょう。書道家たちがこれまでの経験の中で形成した美に対する価値判断に、積み重ねてきた学習を加え、自ら作り出した書法や書道に対する理念によって生み出された素晴らしい作品です。例えば、柳公権氏は「用筆は心に在り、心正しければ筆正し」の言葉で知られ、清廉な書法を確立しました。虞世南氏は「書は技法よりも精神性が重要である」とし、人間的な温かさと気品のある均衡の取れた書風を確立しています。欧陽じゅん氏は筆下ろしが力強く鋭い書法を用います。蘇東坂氏は濃密で穏健な書法で名を走らせています。黄延堅氏は一筆の中から新たな一筆を生み出すように、墨が波のように広がっていく特性を持ちます。八大家の簡潔で変化に富んだ妙趣のある書法など、それぞれに独自の風格と表現の仕方があるため、生み出した作品も異なった趣をなしています。

 この角度から見れば、「計白当黒」は単なる構造と配置の問題ではなく、筆の運用と墨使いの密接な関係にあるのです。書法家は線の特質、墨の濃淡、空間の配置について理解が深まれば深まるほど、筆を下ろす際、自然に白と黒のバランスが取れて、相互に呼応し完璧な空間を作り、美しい画面を完成させることができるのです。

 人間関係においても「計白当黒」の理論を当てることができます。他人に対して思いやりがなく、自己中心になりがちな人はまさに、「計白当黒」の理論をよく知らない人です。このような人はなす事が全体的に不調和になり、周りの人といざこざが起こったりして、実に人間関係をうまく調和できないのです。また、よい人間関係を築くためには、健全な成熟した精神と心がなければなりません。良い心性を持っている人の言行は、その人が持つ信念と心性の高さの表れであり、それによって周りの環境と融合し、全てがますます良くなるのです。

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