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『中世の星の下で』(阿部謹也著、ちくま文庫)

【本との話】中世の星の下で

 【大紀元日本3月12日】世間はどの時代にも、どの国にもありました。ヨーロッパ中世の世間=民衆の様子はどうだったのでしょう? ヨーロッパ中世の世間は、ちゃっかり現代ヨーロッパの底流に息づいています。ヨーロッパと日本の中世の世間との違いと、似ているところをくっきりと考察させてくれる本です。

 著者の阿部謹也さんは人間関係の交流を世間の社会史として捉え、ヨーロッパ中世の新たな歴史像を浮かび上がらせました。世間というアングルから見た民衆の心変万化が、歴史を形作ってきた姿を明らかにしています。

 ヨーロッパでは聖なる場所=アジールから世間が形作られました。日本では無縁の場所から、有縁のネットワークである世間が誕生しました。無縁という場所はかつて日本の各地に散在していました。墓場や河原や山深いところなど、神々が棲むと観念された場所は無縁と呼ばれていたのです。

 無縁は共同体の公共の場所(界)であり、神々の法が働く場所であったので公界とも呼ばれています。この世の法が及ばない世界であったので、無縁の場所に逃れた人を誰も捕らえて裁くことはできませんでした。日本では駆け込み寺がヨーロッパの避難場所=アジールの機能を果たしていました。

 この世で逝き倒れた死者は無縁の墓場に、仏として葬られます。いわゆる無縁仏とよばれる尊いお姿です。何故でしょうか? ここに無縁という場所が、日本の世間で機能してきた姿をうかがい知ることができます。世間でどんな大罪を犯しても無縁の場に駆け込めば、その罪を問われることはありません。女性は夫を離縁することができました。

 世間との縁をすべて切ることができる場所だからこそ、無縁の場であったのです。犯した大罪を裁くのはこの世の司直ではなく、無縁の場では神々や仏である他ないことが観念されていたのでした。もっとも古い無縁の場の形態は、死者の霊を祭ることであったと考えられます。死は世間に出現したあの世=無でした。つまり無縁の場の顕現でした。

 無縁の場に駆け込んだ人は、この世で死んだ人と見なされたのでした。世間のあらゆる法が解除された、自由人と見なされたのです。平和の場=アジールに生きる人であったのです。古代日本の無縁の場はいまや、一人ひとりの現代人の内面の世界に駆け込んでしまったようです。さて、あなたはどうでしょうか?

(そら)


 (09/03/12 01:43)  





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