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(DIMITAR DILKOFF/AFP/Getty Images)

一生の中の一日

著者:尤克強

 【大紀元日本11月23日】

 ネットで読んだ物語を皆さんに紹介したいと思います。

 20年前に僕がタクシーの運転手をしていた時のことでした。ある夏の深夜、タクシーの予約電話で団地に向かいました。深夜2時半に着いた団地は真っ暗で、1階にある部屋から弱い光が出ているだけでした。その部屋のドアをノックしたら、中から背の低い老婦人が出てきました。老婦人は1940年代のような洋装で、周りにレースがついている縁の無い小さい帽子を被り、細かい花柄のワンピースを着ていました。僕は老婦人の足元にあった大きなスーツケースを車に載せ、手を貸して老婦人をタクシーに乗せました。老婦人は何度もお礼を言いました。僕は「自分の母にも同じようにしてもらいたいことをしただけですから」と恐縮しました。

 老婦人は老人ホームの住所を僕に渡して「町の中を通りますか?」と聞き、僕は「それでは遠回りになりますよ」と答えましたが、老婦人は「構いません、私は急ぎませんから、私は親戚もいない独り者です。余命は僅かだと医者に言われました」とゆっくりと返事をされました。

 僕は心の中に何かを感じました。何だかよく分かりませんが、料金表のレバーをストップして、後ろを振り向いて、老婦人に「どの道を行きたいですか」と優しく聞きました。それからの2時間、僕たちは町の中をぐるぐると回りました。

 老婦人は僕にどこそこのビルのエレベータガールをしていたとか、若い頃に行きつけたバーで、今は家具屋の倉庫前になったところにも停車しました。そして、老婦人が新婚の時に住んでいたアパートにも寄りました。また、ビルの前やどこかの曲がり角にも停まりました。彼女は暗闇の中でそこの景色を静かにじっと見つめていました。空が少しずつ明るくなりかけた時、老婦人が僕に「疲れました、もう行きましょう」と声をかけました。

 僕は静かに目的地に向かいました。車を停めた時は既に職員が車椅子を押して迎えに出ていました。僕はスーツケースを入り口まで運びました。ゆっくり車椅子に乗った老婦人はバッグの中から財布を取り出して、僕に料金を尋ねました。僕は「お支払いは結構です」と言いました。そして、腰を下ろして老婦人を優しく抱きしめました。老婦人も僕を強く抱き、「老人に楽しいひとときを過ごさせてくださって、本当にありがとう」と言いました。僕は本当に良かったと思いました。老婦人の言葉を聞いたときに、僕の目は涙でいっぱいになりました。

 東の空に一筋の曙光が差してきました。僕は老婦人の手を握りしめた後、振り返りもせず、車に乗ってその場を去りました。

 僕の後ろのドアが閉まれば、1つの生命が終焉することが分かっていたからです。帰りに、「僕がもし老婦人に優しく接しなかったら、彼女はどんなに悲しい思いをしただろう。僕がもし、老婦人の気持ちを汲み取らず、町の中を巡らなかったら、彼女はどんなに落胆しただろうか」とずっと考えました。

 そのとき僕は人生ってなんて素晴らしいんだろうと感じました。人生の中には、実は沢山の素晴らしい時間があります。しかし、私たちは往々にしてその時間の存在に気が付きません。いつも静かに現れ、静かに去っていくからです。

 この話から、イギリスの女性詩人クリスティナ・ジョージナ・ロセッティ氏の詩『最初の日』を思い出しました。同じような情景を詠っています。

 The First Day

 (Christina Georgina Rossetti, 1830~1894)

 I wish I could remember the first day,

 First hour, first moment of your meeting me;

 If bright or dim the season, it might be

 Summer or winter for aught I can say.

 So unrecorded did it slip away,

 So blind was I to see and to foresee,

 So dull to mark the budding of my tree

 That would not blossom yet for many a May.

 If only I could recollect it! Such

 A day of days! I let it come and go

 As traceless as a thaw of bygone snow.

 It seemed to mean so little, meant so much!

 If only now I could recall that touch,

 First touch of hand in hand!?Did one but know!

 『最初の日』

 あなたに出会った最初の日、最初の一時間、最初の瞬間を思い出せない

 晴れ渡っていたのか、どんよりしていたのか、夏だったのか冬だったのか、それさえも分からない

 特別に気にも留めず、記憶から抜け落ちてしまった

 その時のこと、先のことまで、気をまわすゆとりはなかった

 心の木の花がまた咲くまでに

 幾つもの春をも待たなければならないとは

 今、思い出すことさえできれば

 一生の中のあの一日を

 その日は、何事もなかったようにやってきて、過ぎ去った

 今は融けた雪のように跡形もない

 ささやかなことのように見えたのに、実は大きな出来事だった

 その感覚を呼び戻すことが出来れば

 最初に手を繋いだその感触は!?

 今は、思い出すことさえできれば、とただ願うだけ

(翻訳編集・豊山)


 (09/11/23 05:00)  





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