THE EPOCH TIMES

梅の愛

2011年07月01日 07時00分
 【大紀元日本7月1日】梅雨の晴れ間、私は毎年、梅の実を漬けます。そんな時思い出すのは、私の友人のお母さんが教えてくれた「梅干しの歌」です。

 早春には美しい花、初夏には青々とした実というように、人々に喜びを与え、また赤い梅干に変わってもまだ人に尽くし続けるウメは、万葉の昔から愛されてきました。

 30年近く前のこと。私の友人のお母さんは当時80歳位でしたが、その方からある日、「昔、尋常小学校で習った『梅干しの歌』が、一部だけ思い出せないのですけど、知りませんか?」と聞かれました。しばらくして、その方から教えていただいたのがこの歌です。

 そして、その方が亡くなって何年も経った先日、どうしても不明だった部分と、しかもメロディーも知ることができました。

 2月、3月花盛り、鴬鳴いた春の日の、楽しい時も夢のうち

 5月、6月実が成れば、枝からふるい落とされて、近所の町へ持ち出され、何升何合量り売り、もとより酸っぱいこのからだ、塩に漬かってからくなり、シソに染まって赤くなる

 7月、8月暑い頃、三日三晩の土用干し、思えば辛いことばかり、それも世のため人のため、しわは寄っても若い気で、小さい君等の仲間入り、運動会にもついてゆく、まして災害大事のその時に無くてはならないこの私

 9月、10月秋の日々、山はモミジやカエデが色づいて、里の庭には秋の声、ふたたび仲間はおにぎりやシソに巻かれて旅に出る、私はさびしく墫の中、

 11月、12月この月に山には雪がちらちらと、里には木枯し吹き荒れて、庭ではペッタンペッタン餅をつき、墫の中ではブルブルと、私は震えて年を越し、

 正月元旦年明けて、書初め、羽根つき、コマまわし、家で家族が笑顔で雑煮食べ、梅の蕾がふくらんで、花の香りを待ちながら、私は墫の中よりオメデトウ!

 96歳の天寿を全うされた友人のお母さんは、戦争を経験されました。

 戦争の最後には、生後1カ月の赤ちゃんを背負って焼夷弾の下をくぐりぬけ、戦後の苦しい生活のなかでも、家族はもちろん出会った全ての人に大きな愛を持って接した方だったそうです。

 どこまでも人に尽くす、まるで梅のような無償の愛。その素晴らしさは、子供や孫、ひ孫まで綿々と受け継がれていくことでしょう。



(文・写真 / 吉備)


関連キーワード
^