9歳の孤児 母親を探す

2015年02月24日 07時00分
【大紀元日本2月24日】これは10年ほど前、ドイツでおきた真実の物語である。9歳の孤児デビくんが、ある特別な方法を取り、会ったことのない母親を助けようとした。後にこのことが人々に大きな感動を与えたのである。

 孤児の誕生

 1994年2月、あるドイツの修道院の近くで、修道女が雪に埋もれた1人の赤ちゃんを見つけた。この男の子が、デビくんだ。デビくんが7歳になったある日、彼が修道女たちと近くを散歩している時に、住民が子供と話しているのが聞こえた。「あの子たちは皆、親に捨てられた子だよ。親の言うことを聞かなかったら、お前たちも孤児院に出してしまうぞ」

 この言葉を聞いたデビくんはとても辛くなった。そして、修道女に尋ねた。「ぼくの両親は、なぜぼくを捨てたのですか。両親はぼくのことが嫌いだったのでしょうか」。修道女は、「私はあなたのお母さんに会ったことはありませんが、彼女はきっとあなたを愛していますよ。自分の子供を愛さない母親はいません。あなたと別れたのは、きっとやむを得ない事情があったのでしょう」と、彼を慰めた。

 母を思う心

 2003年の「母の日」、テレビで親子に関する特別番組が放映された。番組では、6歳の男の子が汗を流しながら庭の芝生を一生懸命に刈り、その姿に、男の子のお母さんが涙を流していた。デビくんは、「僕も親を手伝いたい。僕の親はどこにいるのですか」と修道女に尋ねた。修道女たちは、何も言えなかった。ずっとデビくんの親に関する情報はなかったのだ。

 学校から得たヒント

 その後、9歳になったデビくんは孤児院を離れ、近くの小学校に入学した。ある日、担任の先生から一つの物語を聞いた。「昔、ある国に囲碁がとても好きな皇帝がいました。皇帝は囲碁の考案者に褒賞を与えることにしました。すると考案者は、碁盤のマス目に並べた米粒をくださいと答えました。その並べ方は、まず1番目のマス目に1粒、2番目に2粒、3番目に4粒、4番目に16粒、5番目に256粒…このように類推してすべてのマス目に米粒を入れるという方法だった。こうすると、米粒は18000兆もの数になる。これは当時、世界で一年間に取れた米の10倍に相当する量だった」。

 この物語から、デビくんは大きなヒントを得た。彼は、「もし私が1人の人を助けて、その人に他の10人を助けてもらえたら、きっといつか自分の母親も誰かに助けてもらえるだろう」と考えた。

 人を助ける行動

 それから彼は、人を助けて感謝された時には、いつも「あなたも10人を助けて下さい。それが、私への最大の感謝です」と言った。人々はこの子供の優しさに心を動かされ、人々も同じことを始めた。10人助けようと努め、また助けた人にも、同じように10人助けるよう伝えたのである。このようにして、人々の間に愛を伝える輪が広がり始めた。

 有名人との出会い

 デビくんはある日、思いがけずドイツの有名な番組司会者のレイクさんを助けた。レイクさんはドイツテレビ局のトークショー番組の司会者で、穏健でユーモアを混ぜた話し方で人気の高い人物だった。彼は番組の中で容赦なく有名人の隠れた素顔を暴露したため、一部の有名人はこれによって名声を失ったこともある。しかし、テレビ局での激務が重なり、03年にレイクさんはうつ病に罹ってしまった。

 レイクさんは1年間の長期休暇を取り、心身を休めることにした。休養のため彼はデビさんが住んでいる都市を訪れた。ある日、レイクさんはライン川の側を散歩していたところ、心臓発作を起こして意識を失った。ちょうどその時、川辺で遊んでいたデビくんは、倒れたレイクさんを発見し、レイクさんは救急車で病院に搬送された。

 10人を助けてほしい

 救急治療を受けて意識が戻ったレイクさんは、デビくんが彼を救ったことを知った。彼はデビくんの手を握って話した。「ぼうや、私はどのようにあなたに感謝したらいいだろう。もしお金が必要ならば、たくさんお金をあげるよ」。デビくんは頭を横に振って、「あなたに、10人の人を助けてほしい。それが僕への最大の感謝です」と答えた。

 人助けの幸せ

 レイクさんはこの不思議な少年に惹かれて、彼の住所を書きとめた。別れる時、デビくんはもう一度言った。「できるかかぎり、10のよいことを行ってください」。レイクさんは誠意に満ちた子供の顔を見て、真剣に頷いた。

 不思議なことに、真剣に頷いた瞬間、レイクさんは人生の美しさと生活への希望を感じ始めた。彼は真摯にこの約束を果たし、10人を助けたのである。人を助けた時は毎回、幸福感に満たされた。レイクさんは、自分が必要とされていることを感じた。レイクさんは休暇の大半を消化しないうちに、うつ病から回復し、職場に復帰したのである。同僚たちはレイクさんの変化に驚いた。いつも憂鬱そうだった彼が楽観的になり、人助けを進んでする人物に変わっていたからだ。

 有名人になったデビくん

 03年12月1日、レイクさんのトークショー番組が再開した日、彼はスタジオの中央に立ち、全国の視聴者に向けて、この貴重な経験を語った。彼は涙を浮かべながら、10件の善事を行った経験と、それによって自分の人生にもたらされた変化を30分かけて話した。最後には声を詰まらせながら、次のように語った。「これを真実だと思わない人がいるかもしれません。しかし私は、自分の愛を人に捧げた時、本当に満足感で全身が満たされたのです。あなたも10人の人を助けてみて下さい。きっとあなたの生命にも、不思議な変化が訪れるでしょう」

 テレビを通じ、レイクさんの話はドイツ全土に伝えられた。人々はこの物語に深く感動し、多くの人がレイクさんに電話をかけ、自分も10件の善い事をしたいと表明した。さらに、多くの視聴者がデビくんの出演を強く求め、この愛に満ちた男の子の顔を一目見たいと要望したのである。

 全国民に感動

 04年1月、デビくんはテレビ局のスタジオに招かれた。スタジオの視聴者はデビくんに、どうやってこのことを思いついたのかと尋ねた。デビくんは顔を赤からめながら、母親に対する思いを話した。レイクさんはデビくんを抱きしめながら、「君のお母さんは、きっと君のことが大好きなはずだ。君は必ず、お母さんを見つけることができるよ」と話した。

 その後、ドイツ全国で「10件の善い事を行う」運動が起きた。人々は、自分が助けた人がデビくんのお母さんでありますようにと祈った。同時にテレビ局は全力でデビくんの母親を探したが、そのような女性は現れなかった。

 悲しい事件

 04年2月に悲しい事件が起った。デビくんが通っている学校は貧しい家庭の子供が多く、一部の子供たちは小さい時からすでにギャングの一員だった。デビくんが有名になると、不良少年たちがデビくんを狙うようになった。彼らは、有名になったデビくんがお金をたくさん持っていると思ったのだ。

 04年2月16日の夜、デビくんは学校からの帰宅途中、数人の不良に囲まれて、お金を要求された。しかしデビくんがお金を持っていなかったため、怒った少年たちは、刃物でデビくんの腹部を刺した。刃物は肝臓に達し、デビくんは大量に出血した。2時間後、パトロール中の警察官に発見され、病院に搬送されたデビくんは、意識が朦朧とする中で「お母さん、お母さん…」とつぶやいていた。

 数万の「母親」

 テレビ局は24時間、デビくんの病状を中継し、多くの人々が彼の回復を祈った。

 デビくんが怪我をしたことが放送されると、数千、数万の女性がテレビ局に電話をかけ、デビくんのお母さんになりたいと申し出た。テレビ局は慎重に考慮したうえで、デビくんと同じ地域に住んでいるキュウテイさんを彼の母親として選出したのである。

 キュウテイさんの子供は数年前に行方不明になり、彼女はずっと子供を探していた。彼女は電話で、「もし、私の子供がデビくんのように私を思ってくれていたら、幸せに思います。私はデビくんの母親になりたい。一人の母親として、彼を愛したい」と話した。

 母親と対面

 04年2月17日の朝、昏睡状態だったデビくんは目を開けた。彼の目の前には一束の美しい百合の花を持ったキュウテイさんが立っていた。彼女はデビくんの小さな手を握り、「デビ、私はあなたの母ですよ」と小さな声で話しかけた。デビくんは驚きを隠せないまま、「あなたは本当に私のお母さんですか」と聞いた。キュウテイさんは、涙を浮かべて軽く頷いた。デビくんは目に涙を浮かべて言った。「お母さん、僕は長い間あなたを探していました!もう僕から離れないでください」

 キュウテイさんは頷きながら、「お母さんはもうあなたを離しませんよ。安心してね」と答えた。デビくんの青白い顔に微笑みが現れた。しかし、すでに彼に力はなく、現場にいる医療関係者はみな、涙を流した。

 安らかに逝く

 04年2月18日、デビくんは静かにこの世を去った。最後まで、彼は母親の手を握っていたという。

(翻訳編集・東方)
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