激変中の中国政治情勢と日本・香港への影響(4)

2015年05月27日 15時31分
【大紀元日本5月27日】編集者注:1989年の学生民主化運動「六四天安門事件」から今日まで、中国では一連の重大事件が発生し、未曽有の変化が起きた。しかも、それは引き続き、中国、ひいては全世界に長期でかつ強い影響をもたらしている。こうした中、中国政府は巨大市場を餌食に外交ルートを通じて、各国政府、報道機関、企業及び投資家に圧力を講じ、国際報道機関に対し、「極めて敏感な事件」の真相を伝えないよう報道自粛を迫ってきた。それにより、国際社会が中国情勢を適正に判断できず、関わり方を間違ってしまい、歴史的な機縁を失ってしまう恐れが生じている。

 今年2月18日、大紀元香港支社の郭君支社長は東京新宿の京王プラザホテルで講演会を開いた。中国情勢のキーポイントとなる問題を解説、激変を遂げる中国が日本及び香港にもたらす影響を分析した。本サイトはその講演の全文の和訳を連載する。

 以下は第四部「激変する中国政治情勢下の香港」

 香港と中国本土の関係は非常に複雑で、日本とともに、中国の改革開放に大きく貢献しました。日本は、政府主導のもとで資金援助と無利息円借款、大手企業の中国投資などを実施してきましたが、一方香港の支援は民間主導型です。周知のとおり、中国改革開放の初期に香港の企業経営者は相次ぎ中国を訪れましたが、製造業を大陸に移転させるのが主な目的でした。特に80年代末から90年代後半にかけて、ほぼすべての製造工場は中国に移され、工業管理の技術や、輸出用加工製品の産業モデルをも完全に中国に持ち込みました。

 1984年、趙紫陽・元総書記が中国沿海地域14の都市の市場開放を打ち出したことを受け、中国経済の発展戦略は「三来一補」になりました。「三来」は外来の原材料、外来の見本、外来の部品。「一補」は補償貿易(外国側が設備機械を提供し、中国側は製品を生産する。設備機械の輸入代金と製品の輸出代金は相殺される)。元故最高指導者・_deng_小平氏も内部談話で「中国国内に十数の香港が誕生すれば、すべてのことが順風満帆に運べる」と語りました。後の数十年間、中国経済は実質上その思惑通りに進めました。もっとも香港に隣接する広東省をはじめとし、完全に香港の経済モデルを受け入れ、そして全国に広めました。いま、中国貿易総額は国内総生産(GDP)の40%を占めており、貿易パターンは香港に酷似しています。

 ※中国が香港の土地政策を真似る

 90年代半ば、中国国内視察団が頻繁に香港を訪れました。目をつけられたのは香港の土地政策です。香港政府は土地の売却により「土地基金」という名目の巨額財政収入を作り、返還された1997年までに、同土地基金はおよそ3千億香港ドル(当時の為替で約400~500億ドル)に達しました。視察団メンバーを取材したとき、その羨望の心情は言葉や表情に溢れでていたことを、いまだに覚えています。当時、中国政府、特に地方政府は財政難に陥っていたため、後に香港の土地政策を取り入れ、国内各都市は相次ぎ実行しました。政府が所有する土地を開発、売却、不動産開発会社と連携して不動産の価格を押し上げ、それによって多くの中国都市の財政収入の半分強は土地収入となりました。

 1997年、中国とイギリスは香港の今後について、激しい論争を繰り広げました。議題は次の2つです。

 一つは土地基金の使用問題。末代香港総督パッテン氏は、同基金で大嶼山(ランタオ島)空港とその関連道路施設を建設しようとしたが、中国政府側は「英国がこのとてつもない巨額の金を使い果たそうとしている」と強く反対しました。

 もう一つは議員の民主選挙問題。当時、パッテン総督は香港立法会(国会にあたる)の民主選挙制度を確定させようとしました。

 香港の議員は2種類います。1種は他国同様、直接選挙で選挙区の有権者が1人1票で選びます。このような「地方選挙区直接選挙議席」の議員は総数70人のうち35人です。もう1種は「功能界別選挙議席」議員で、教育、法律、医学、観光、労働など28の業界ごとに議員人数枠を設け、各業界が指定します。

 中国政府は、英植民地時代1995年まで実施したこの選挙制度を支持しています。なぜならば、数百社の企業より、数百万人の有権者をコントロールすることは遥かに難しいからです。唯一政治家出身の香港総督パッテン氏(ほかは全員英国外務官僚)は任期4年目の1995年9月、功能界別選挙の有権者を「該当業界の全従業員に拡大する」という選挙改革を実施し、民主派が選挙で圧勝しました。しかし、中国政府は強く反対、1997年返還後、従来の選挙制度に差し戻しました。

 ※香港トップを決める選挙委員会

 香港トップである行政長官の選挙についても話します。1997年返還時、中国政府は400人の選挙委員会を立ち上げ、後に800人、いまは1200人に増えました。委員の絶対多数は中国政府が決めた親中派であるため、必然的に中国政府意中の人物が行政長官に選ばれます。

 昨年の香港民主化デモ「雨傘運動」は、中国政府が約束した「2017年の行政長官普通選挙」の確実な実施を求めるものです。親中派で固められる指名委員会(選挙委員会)が長官選挙の立候補者を決める、と中国全人代が新に決定したため、この約束が実質上空文となり、有権者1人1票のいわゆる「普通選挙」を実施できても、それ以前に民主派が立候補すらできない状況になったからです。

 ※中国政府は長官民主選挙を断じて許さない

 その理由は概ね2つあります。一.中国政府にとって、従わない香港長官は考えられない。二.香港の民主選挙の火種が中国国内に飛び散りかねない。過去30年間、特に生活とイデオロギーの面において、香港は中国国内に大きな影響をもたらしました。中国政府が手を尽くしてやっと香港経済界のエリート層を丸め込んだので、いかなる「横やり」を許しません。それに、新な政治・社会モデルは、中国国内の自由民主化運動を刺激してしまう可能性が高いのです。

 学術界においてはこのような見方があります。すなわち、香港は原始資本主義(資本主義の初期段階)のモデルとのことです。その税制はシンプルで、社会保障も手薄、自由なビジネス環境があり、政府は、ほとんど経済に干渉しません。こうしたことから、「香港には、自由はあるが、民主はない」という見方が少なくないのです。

 私個人の認識では、社会の発展にとって「陰陽の均衡」が重要です。現代社会学の専門用語でいうと、「社会全体の経済効率の向上」と「社会の公平」という2つの要素のバランスが重要です。しかし、この二要素は常に対立しています。社会の公平を保つには、税収・社会保障などで収入を再配分し、増税が必要になりますが、一方、社会経済効率向上のためには、資本家の投資を促し、減税、社会保障を削ることが必要です。

 「二本足原理」に例えて説明します。両足(同二要素)が交互にバランスよく動くことで、社会がはじめて前へ進むことができます。アメリカの共和党と民主党、あるいはイギリスの保守党と労働党を例に挙げます。米共和党と英保守党は減税、投資促進、社会福祉の削減を支持、主流社会を配慮しているが、対する米民主党と英労働党は社会の公平、増税、社会保障の充実を重視しています。

 中国の歴史上において、この2本足システムが欠如したため、破壊力満点の社会崩壊で自己調整していました。これは中国歴代王朝が誕生した理由です。王朝の発足初期は、戦争による破壊で社会の公平が比較的に保たれる状況にあります。平和の時期が長くなるにつれ、経済が大きく発展、社会の分化が顕著になり、土地が一部の人に集中、そして富裕層と権力者層が抱き合い、最終的に貧富格差が深刻化になると、社会不安が徐々に強まります。現状が進むにつれ、そのうち革命または戦争が起き、最終的には次の社会崩壊が訪れ、社会は再び公平の状態に回帰します。

 この角度からみると、香港は中国古代の社会に似ています。世界のなかでビジネスがもっとも自由で、税収が低いため、政府は貧富格差を大幅に調整する手段が乏しいのです。

 1997年、香港の大卒の初任給は約1.5万香港ドル、2014年も依然この水準にあります。香港市民の所得は過去17年間大きく変わっていないが、物価は倍に上昇しました。

 一方、富豪は多いが、香港経済への貢献は低いのです。1997年以降、中国本土との融合に積極的である香港の富裕層の多くは本土の政府当局者と連携して不動産分野で多額の利益を稼ぎました。その結果、億万長者が急ピッチに増加、世界でもっとも集中する地区となりました。しかし、雇用と税収の増加に結び付かないため、経済への貢献は限定的です。

 これは、香港の一般市民が現状に不満をもつ根本的な原因です。特に若い世代は未来への希望を見出せないままです。私の認識では、これが香港市民と中国政府の間に衝突が起きる理由です。

 製造業全般が本土に移転されたことから、香港には「3つの中心」の機能が残されており、すなわち「金融の中心」「貿易物流の中心」「情報の中心」です。そのうち、貿易物流の中心の地位は年々低下しています。中国本土の沿海地域で港が大量に建設され、留学生の多くも本土に帰国したため、貿易と物流は「香港を介さなくてもいい」という状況に変わりました。

 ※金融・情報の中心の地位を維持

 香港の金融の中心の地位に関して、ある重要な制度が役割を果たしています。香港ドルと米ドルの為替レート連動制度です。しかしこの制度の最大の問題点は、アメリカと香港の経済発展のペース・状況が異なるのに、米連邦準備制度理事会(FRBB)が利率を含む香港の貨幣政策を制定していることです。香港と中国本土の経済関係が緊密になるにつれ、香港ドルと人民元のつながりも強くなるはずで、米ドルと疎遠になっていくでしょう。いったん香港が人民元に切り替え、または米ドルとの連動為替レート制度を解消し人民元と連動すると、その金融の中心の地位は大きな打撃を受ける可能性があります。

 「三つの中心」もまた互いに影響しています。株式市場、証券、先物取引及びその他の金融・貿易サービスを含む金融業は、制限・封鎖を受けない自由な情報伝達が不可欠です。英植民地時代に構築された米英法系の法律体系はまさに、「金融・情報の中心」の地位を守る基本的な保障です。しかしいま、その法律体系は脅かされています。

 中国政府は香港事務に頻繁に関与し、司法への介入(全人代による香港基本法の制定、民主・人権弾圧を正当化する国家安全法の立法要求、香港政治改革の押し付け)は実質上、香港の司法体制に大きなダメージをもたらしています。この状況が続けば、香港は法律上の優勢を失い、金融・情報の中心である地位は必然的に徐々に失われます。

 香港の発展には、中国の全面的な民主化と、双方経済の共同発展のほかに道はありません。
3月9日発表の香港民主派議員全27人の共同声明は、行政長官選挙で民主派立候補を事実上排除する中国全人代決定に基づく政治改革法案を結束して否決するとした (大紀元)



 未来において、中国共産党政権が本土で存続できるかに関わらず、香港の地位は徐々に低下していくでしょう。中国共産党が執政しない場合、本土は全面的に変革し、完全に資本主義になるでしょう。そうなると、香港の地位は共産党政権発足時の1949年前の状況に戻っていくでしょう。もし、共産党専制が続くなら、必然的に香港の司法、行政を徐々にコントロールし、香港を本土色の強い特別区に変えるでしょう。そうなると、香港は独自の優勢を失うだけでなく、最高指導部との政治の縁も薄いため、状況がさらに悪くなるでしょう。

 ですから、香港問題は決して、孤立した本土と分断できる問題ではないのです。香港の未来の発展の道のりは実は一つしかありません。すなわち、中国で完全な自由民主化が実施された後、本土と一体となり社会経済の発展を遂げることです。そうすると、前文で分析した香港の法律、金融、情報などの優勢は激変中の中国にとって重要であるため、世界と中国を結ぶ中心になりうるのです。これは未来香港の発展の道のりです!

(翻訳・叶子)


  (続く)

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