台湾の最大野党・国民党の主席、鄭麗文氏は4月7日、中国への5日間の訪問に出発した。現職の党主席による訪中は約10年ぶりで、10日には習近平との会談が予定されており、台湾内外で大きな関心を集めている。
専門家は今回の訪中について、北京側が台湾における反中勢力の影響力を弱めるとともに、親中勢力を前面に押し出す狙いがあると分析している。一方、国民党の姿勢は「統一せず独立せず現状維持」を支持する台湾の民意から乖離しており、年末の選挙結果次第では、党内の親中派と親米派の分裂が現実化する可能性も指摘されている。
鄭氏は7日午前、台北・松山空港から出発したが、これに先立ち台湾基進党や台湾独立建国連盟、経民連など複数の団体が空港で抗議活動を実施。「鄭麗文は台湾を代表しない」「台湾海峡の平和は国際問題だ」と訴え、訪中に反対する記者会見を開いた。
台湾総統府も警戒を強めている。行政院の卓栄泰院長は、民間団体による対中交流であっても「公権力に関わる事項や政治的協議に関与してはならない」と強調。大陸委員会も国民党に対し、中国共産党(中共)の統一戦線による分断工作に取り込まれないよう注意喚起した。
北京の狙い「台湾の弱体化と親中勢力の可視化」
中共が鄭氏を招いた意図について、台湾国防大学政戦学の元院長・余宗基氏は、「『鄭麗文と習近平の会談』は台湾の親中勢力を表舞台に引き上げる狙いがある」と指摘する。仮に国民党が民進党政権を迂回して中共側と直接交渉を行えば、台湾総統府の立場を相対的に弱めると同時に、台湾の親中勢力を勢いづかせる効果があるという。
さらに余氏は、今回の訪中日程にも注目する。鄭氏は中国系航空会社を利用し、同行メディアも中国側窓口への事前登録を必要とするなど、中共側の統制下に置かれている。「これは台湾を中国の一部とみなす『内政化』の演出であり、主権の矮小化につながる」との見方を示した。
民進党の王定宇立法委員も5日、「北京は『台湾が中国の定義する一つの中国を支持している』との構図を強化しようとしている」と批判。「すでにシナリオは出来上がっており、鄭氏はそれに沿って動くだけだ」と述べ、最終的にはこうした路線に同調する政治勢力が民意によって審判されるとの認識を示した。
また、連戦元副総統の長男である連勝文氏が鄭氏に「慎重な言動」を求めたことに触れ、王氏は「過度に中国に迎合すれば、年末の統一地方選に影響しかねないとの懸念や、法的リスクへの警戒があるのではないか」と分析した。
米中関係への影響も 米中首脳会談前の交渉カードか
今回の訪中は、米中関係にも影響を与える可能性がある。政治学者の明居正氏は、5月に見込まれる米中首脳会談を前に、中共が交渉材料として「鄭麗文と習近平の会談」を利用する意図があると指摘。場合によっては、アメリカ側に対し「反台湾独立」を盛り込んだ新たな共同文書の締結を求める可能性もあるとした。
明氏は、中共が中南米や中東での影響力をアメリカに削がれる中、対抗手段として台湾問題をカード化していると分析。「北京は『両岸はすでに安定している』と演出し、アメリカに対し台湾への武器売却を控えるよう圧力をかける狙いがある」と述べた。
余宗基氏も、中共が国民党を通じて「台湾の民意はアメリカ製兵器の購入を望んでいない」とのメッセージをアメリカ側に発信しようとしていると指摘。「これは台米関係を損なうものであり、中国が台湾への浸透によって重大政策に影響を及ぼしていると誇示する狙いがある」と分析した。
成果なければ党内対立激化の可能性
一方、国民党内でも路線の違いが鮮明になりつつある。鄭氏が親中・疑米路線を強めるのに対し、2028年総統選を視野に入れる盧秀燕・台中市長らは親米的で穏健な戦略を採っている。
米セント・トーマス大学の葉耀元教授はBBC中国語版に対し、「仮に『鄭麗文と習近平の会談』が具体的成果を伴わず、逆効果となれば、盧氏ら親米派が選挙後に党内で主導権を握る可能性がある」と指摘した。
また、アメリカが台湾の防衛予算をめぐり国民党に圧力をかける中、朱立倫前主席や盧市長らが防衛支出への支持を強めるなど、鄭氏と距離を置く動きも出ている。朱氏は3日、「両岸の対話交流は良いことだ」としつつも、慎重な姿勢を示した。
盧氏も訪米後の議会答弁で「市政以外の問題には答えない」と述べ、「鄭麗文と習近平の会談」への直接的な評価を避けた。
さらに、立法院長の韓国瑜氏と鄭氏が同席した行事で、両者の距離感が目立ったとの報道もあり、党内の微妙な力学をうかがわせている。
余宗基氏は、国民党内の親米派として盧氏のほか、台北市長の蒋万安氏や張善政氏、韓国瑜氏らの名を挙げ、「鄭氏が中国と歩調を合わせてアメリカから武器購入に反対すれば、党内分裂は避けられない」との見方を示した。
世論とのかい離鮮明に 鄭氏の信頼度が低下
こうした動きの中、世論とのかい離も鮮明になっている。4月1日に公表された世論調査では、鄭氏を「信頼する」との回答は23.9%にとどまり、「信頼しない」は54.5%に達した。
東海大学の張峻豪教授は、「国民党は北京が主張する『一つの中国』の宣伝に利用されている」と指摘。「国際化が進む中で『92年コンセンサス』や武器購入への反対を強調する鄭氏の路線は、台湾の利益や民意から乖離しているだけでなく、党内主流からも外れつつある」と分析した。
また、新北市における国民党への反感度が6割を超えるなど、都市部を中心に支持低下の傾向もみられる。多様な人口構成を持つ都市部では、経済重視の現実的志向が強く、イデオロギー色の強い主張は反発を招きやすい。
台湾社会の大勢は「統一せず、独立せず、現状維持」を支持しているとする。台湾の民間団体関係者は「鄭氏の『一つの中国』に軸足を置く主張は、多くの国民に受け入れられていない」と指摘する。
鄭麗文氏の訪中と習近平との会談は、台湾の内政のみならず、米中関係や台湾海峡の安全保障にも影響を及ぼす可能性があり、その帰結を注視している。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。