THE EPOCH TIMES

焦点:北朝鮮の金正恩氏、「狂気」の裏に潜むしたたかな計算

2017年12月07日 12時00分

Hyonhee Shin and James Pearson

[ソウル 30日 ロイター] - 2011年12月の凍てつくような寒さのある日、北朝鮮の新指導者となった金正恩氏は、亡くなった父親の正日氏の棺を載せて平壌の通りを行く霊きゅう車に、7人の顧問らと共に付き添っていた。

現在、その顧問らは1人も残っていない。正恩氏は10月、父親の側近だった最後の2人を降格させた。どちらも年齢は90代だった。韓国情報機関、国家情報院(NIS)傘下の国家安保戦略研究所(INSS)によると、彼らは正恩氏によって粛清あるいは処刑された約340人の一部だという。

トランプ米大統領の目には「紛れもない狂人」と映る正恩氏は、韓国が恐怖政治と呼ぶ支配体制への移行を6年かけて完了させた。同氏の予測不可能で好戦的な態度は、世界に恐怖を植え付けている。29日に「画期的」なミサイルの発射実験を実施した後、正恩氏は北朝鮮が米国に対する攻撃能力を有する核保有国だと宣言した。

だが、正恩体制をよく調べると、「狂気」の背後にあるメソッドが見えてくる。

現在33歳の正恩氏は、世界でも有数の若い国家元首だ。同氏が受け継いだのは、冷戦時、共産主義国の中国と資本主義国の韓国とのあいだに緩衝国をつくる狙いで超大国が後ろ盾となり、社会主義国として誕生したという輝かしい歴史のある国である。

父親である金正日総書記は経済政策に失敗し、ソ連崩壊によって重要な支援源も失った。最大300万人が餓死したといわれる。

弱い立場からの脱却を目指し、若き指導者は3つの主力を開発することに注力してきた。軍事と核戦力、暗黙の民間市場経済、そして神の恐怖と崇拝だ。これらの達成に向け、正恩氏は重鎮2人を処刑し、実妹の与正(ヨジョン)氏を昇格させた。

与正氏は正恩氏の主な宣伝担当者だと専門家らは指摘する。彼女はまた、正恩氏にとって政治に関わっている唯一血のつながった親族である。実兄の正哲(ジョンチョル)氏は、父親が後継者に選ばなかった。

元上層部の脱北者を雇うINSSによると、2016年12月までの5年間で、正恩氏は29回に及ぶミサイル・核実験に3億ドル(約340億円)、家族の彫像460体の建立に1億8000万ドル、また、2016年の朝鮮労働党大会では、花火打ち上げ費用2680万ドルを含む10億ドルを費やしている。

「大勢の最高司令官や高官をいとも簡単に更迭し、一部は情け容赦なく殺害している。正気の沙汰とは思えない」と、韓国の梨花女子大学統一研究所の北朝鮮指導部の専門家、李生根氏は話す。

「だが、まさにこれこそが、長期にわたって政権の座にあり続けるための歴史的な支配方法なのだ」

<偉大なる指導者>

はるか昔、平壌は、現代の「朝鮮」という言葉のルーツとなっている強大な国家、高句麗の首都だった。歴史をさかのぼると、「偉大なる指導者」という概念は、全能の神、親や天命をもつ王を敬う儒教の教えといったような、時と共に受け継がれてきたいくつかの思想が混ざり合って形成された。韓国国会立法調査処のLee Seung-yeol上級研究員はそう説明する。

北朝鮮指導部の主要研究者であるLee氏は、同国の継承理論に基づくなら、正恩氏は父親の存命中にもっと早く後継者に選ばれていてもおかしくなかったと指摘する。父親の正日氏は最高指導者となる20年前に後継者に選ばれ、側近や支配体制を築く時間があった。

正恩氏の場合は、後継者に選ばれてからわずか3年後に政権の座に就いた。

1984年生まれで継承順位が第3位だった正恩氏は、気難しく負けん気の強い子どもだったと、金一家の専属料理人を務め、子ども時代の同氏について知る数少ない人物の1人である藤本健二氏は言う。現在、平壌で日本料理店を営む藤本氏は、2010年に出版した回顧録のなかで、叔母の高英淑(コ・ヨンスク)氏に「小さな将軍」と呼ばれて正恩氏がかみついたことがあったと明かしている。「同志の将軍」と呼ばれたかったのだという。

正恩氏が間もなく後を継ぐことを知った父親の正日氏は、息子を守るための措置をいくつか講じた、と研究者らは指摘する。Lee氏によると、そのなかには、エリート層にライバル関係が生まれるよう権力基盤を変え、正恩氏が2つのグループを争わせることができるようにしたことなどが含まれるという。

<貧者の兵器>

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