【伝統文化】終生を託された人の道

2005/09/17 12:09
 【大紀元日本9月17日】春秋戦国時代、斉国に晏嬰(あんえい)という名声の高い賢明な宰相がいた。斉国の君主である景公にはとても可愛がっている娘がおり、晏嬰の有能さを知った彼は、娘を晏嬰に嫁がせようと考えた。そこで、景公はわざわざ晏嬰の家を訪れ、二人は胸襟を開いて心行くまで杯を酌み交わした。

 宴席で、景公は晏嬰の妻も忙しく客人をもてなしているところを見かけ、晏嬰に「あの人はそちの奥さんかね」と尋ねた。晏嬰は景公の胸の内が分からず、「そうでございます。私の妻です」とありのままに答えた。すると、景公はため息をついて、「年老いているし、なんと醜いことか。私には若く美しい娘がいる。そちの妻として嫁がせようと思うのだが、いかがなものか?」

 そのことばを聞いた晏嬰は、箸を下ろすとすぐさま立ち上がり、恭しくはっきりと景公にこう答えた。「妻はもう、若くはなく、美しくもございません。しかし、私はもう長い間、妻とともに暮らしております。女が嫁ぐということは、自分の一生をその人に託すということでございます。妻は、若いときに、私の貴賎も容貌も問うことなく、自分の一生を私に託し、私はそれを受け入れました。今、陛下はお嬢様を私に嫁がせようとなさっておられます。これはなんとも光栄なことではございますが、人間として、私はすでに、天に誓って、私に一生を託した妻の情を受け入れました。どうして、今、その情に背いて他の人を受け入れることができましょうか?」

 晏嬰は高い地位にありながら、年老いて醜くなった妻の情に背くことはなかった。彼の人としてのあるべき道と高尚な品性は人々に深く尊敬された。

 
(明慧ネットより)


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