モーツァルト生誕250周年 癒し系古典音楽

2006年01月30日 16時56分
 【大紀元日本1月30日】今年は、18世紀古典派を代表するオーストリアの作曲家、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)の生誕250周年にあたり、世界各地で記念活動が盛んに開催されるに違いない。モーツァルトの魅力はどこにあるのだろうか?

 西洋音楽史上、尊敬される偉大なる作曲家は少なくないが、モーツァルトの特質と似た人は誰一人いない。我々がモーツァルトを愛するのは、モーツァルトの天性の純真さと善意が完璧な楽曲に現れ、純粋な輝きに憧れる世の人々のこころが打たれるからである。まるで天国から来たような、人間性を熟知し、人間を思いやるモーツァルトの音楽は、200年以上にわたって無数のこころを落ち着かせてきた。

 多くの医学研究報告で、モーツァルトの音楽がもっとも治療効果の高いことが示されている。癲癇、認知症、知力増進からこころの傷まで、いずれにも素晴らしい治療効果が現れており、胎教にも最適であると言われている。学者たちはこれまでしばしば、バッハ、ハイドン、ベートーベンやその他多くの作曲家たちの古典音楽の中で、何故モーツァルトの曲だけが特別な効果を持つのかについて議論してきたが、決定的な原因は未だ不明である。

 どうも、違いは、モーツァルトの人格特質にあると思われる。良い音楽は良い気質から生まれる。モーツァルトは幼少のころから純真で情熱的だった。彼は、まだピアノを弾けなかった3~4歳のころから、すでにピアノのキーボートで「相愛の音符」を探していたようで、「音楽とは、相愛する音符と一緒になることだ」と言ったそうだ。成人後のモーツァルトは、世渡りは上手くなかったが、人に対する情熱はいっぱいであった。モーツァルトにとって、音楽のハーモニーは、人と人との調和であり、善意と愛であり、友好的な交流と対話であった。彼の音楽を聴くと、善意と愛を感じ、和やかな幸福感が味わえる。つまり、モーツァルトの音楽は人々に何らかの恩恵をもたらしているということだ。

 勿論、モーツァルトの音楽の中に現れている「愛」には、いくつかのレベルがある。例えば、恋人に対する愛、人と人の間の友好的な愛、人に対する寛容と思いやり、荘厳かつ神聖な慈悲、これらすべては、人間にとってもっとも尊ぶべき情操である。モーツァルトは、これらの高尚な品性と豊富な感情を古典音楽の中に節度よく組み込み、それが「楽しんで放縦にならず、悲しんで節度を失わない」というスピリッツに完全に合致しているのである。唯一極まっているのが、モーツァルトの特質のうち「真」と「善」であろう。

 IHM総合研究所所長の江本勝博士が水の結晶実験で証明したように、和やかで善良な情報を水に与えれば、奇麗な結晶ができる。これと同様に、純粋な音楽は、人間の心身に対してこの上ない恩恵をもたらすのである。モーツァルトの音楽がなぜ各種の疾病に独特な効果があるのかということも、これで容易に理解できる。彼の音楽は、鑑賞する人との間に、善意、愛、調和、寛容、輝き、天真、純粋などの交流を生み出すのだ。故に、知的で厳格なバッハ、苦痛の中で戦ったベートーベン、ましてや個人感情をぶちまけるロマン主義の作曲家らの作品は、モーツァルトの作品と比べられるはずもないのである。

 今年は我々も、モーツァルトの善意を分かち合おう。モーツァルトのバイオリンとピアノ・ソナタを聴けば、愛されていると感じることができる。モーツァルトの「ミサ・ハ短調」、「レクイエム」を鑑賞すれば、荘厳と慈悲が感じられるであろうし、ピアノ協奏曲なら空を飛んでいるような興奮を覚える。また、弦楽四重奏では、友情の相通じる気持ちが感じられるであろう。モーツァルトが人間性をどのように知的に分析しているかを知りたければ、彼の歌劇を聞けばいい。音楽の中に彼の微笑みが感じられ、自然に自分も微笑んでいるはずである。

関連キーワード
^