江西省井岡山:旅行で失踪後半年、山中で見つかった遺体の謎

2006/08/13 03:20
 【大紀元日本8月13日】2006年4月末、半年間行方不明であった二人の法輪功学習者、傅可姝さんと徐根礼さんの遺体が江西省の井岡山五指峰で発見された。調査によると、亡くなった二人の身体からは、複数の臓器が無くなっていた。二人は法輪功のチラシを配っているときに警察に連行され、迫害により殺害され、臓器が摘出された後に、野外に捨てられ、自殺と見せかける状況を作り出したと見られている。

 二つの遺体

 明慧ネットの報道によれば、徐根礼さんの遺体はダムの下にある小川の川床にあった。丸裸で、両脚を開き、両手は頭の上まで伸ばした状態で、まるでだれかに岩の上に運ばれたように見えた。遺体はすでに腐乱していた。死者の髪の毛は剃られ、額に大きな穴があり、その穴の所には骨がなく、脳みそが見えた。両目は凹んでいた。目の周囲は腐っていた。鼻の上に黒い二つの穴があり、身体の腹部に誰かによって切られ、再び縫われた痕があった。(腹部の切開痕について警察はDNA検査のため死体の解剖検査が行われたものによると説明している。)

 傅可姝さんの死体はダムの上で発見された。彼女は上半身が裸で、頭には裏返しにしてボタンを留められたシャツがかぶせられ、メリヤスのズボン下と靴下を履いていた。ズボンは少し破れ、足が少し干からびて萎縮しており、足の指先はぴんと張った状態であった。彼女の死体は腐っていなかったが、髪の毛は全部剃られ、両目が凹んでいて眼球が無く、目の周りは腐乱していて、鼻の上に二つの黒い穴があった。

 警察は自殺と断定し、家族の更なる調査の依頼を断ったが、家族は二人の死因と死亡時刻や場所などに多くの疑問を持っている。

 多くの謎

 例えば、彼らと一緒に旅行に行った一人の老人がいるのだが、老人は疲れたといってその日は山に登らなかった。傅可姝は午後には必ず旅館に戻ると老人と約束したという。このことから彼らはわざわざ遠いところまで自殺しに来たわけではないことがわかる。

 二人の遺体にはどちらも髪の毛が無く(剃られた可能性が高い)、両目が凹んで、眼球が無くなり、目の周りは腐っていて、鼻の上に二つの黒い穴があった。眼科の先生の説明によると、目の角膜手術を行うときは、細菌の感染を防ぐため髪の毛や眉毛などを剃る必要があるという。

 二人の死体は山中に捨てられていたが、傅さんの遺体はまだ腐乱しておらず、一方、徐さんの死体はもうすでに腐乱し、骨が露出していた。このことから、二人は同じ時刻に亡くなったではないことが分かる。徐さんの死体は干からびた状態で石の上に横たえられ、両手を挙げた姿勢であり、突発的に生じた事故による死亡ではないようだ。

 傅さんの死体は更に不思議な点がある。上半身が裸で水に浸かって膨らんでいるにもかかわらず、下半身のズボンはほぼ良好な状態である。しかし足と脚はすこし干からびて萎縮していた。仮に死体がダムから川に流されとすれば、身体全身が水に浸かって膨らみ、脚と足が干からびて萎縮する状態は起きないはずである。これによって傅さんの死体は誰かがわざとそこに置き、人為的に虚偽の現場が作られたと考えられる。

 また、傅さんの両足指先はぴんと張っており、死者が亡くなる前に引っ張られたか、あるいは死者が死ぬときに激痛を感じていたと説明できる。

 事件の経緯

 2005年11月17日の朝、貴州省開陽県第一小学校を退職した元教員と遠縁の親戚である徐根礼さんが井岡山旅行に出かけたが、戻ってこなかった。彼女の家族は失踪したことが分かるとすぐに警察に通報し、テレビ報道や旅行の名所のなどの探索を通じて、あらゆる場所を捜索した。さらには現地の地形に詳しい地元の人たちにも助けを求め、道に迷いそうなところや危険な場所を捜索したが、見つからなかった。

 地元の警察は失踪者の家族に対して、11月18日に井岡山警察が黄洋界で「法輪功」の真相説明資料を見つけたと言った。12月8日、貴州の家族が井岡山に捜索に訪れた際、地元の警察の朱氏はもっぱら、失踪した二人は法輪功をしている者であるかとか、彼らの他に法輪功をしている家族はいないか、などの質問を繰り返す一方、資料を配っていた人を捕まえたことを否定した。

 たくさんの痕跡から、遺族たちは、二人が警察によって捕らえられた後、拷問を受けて殺され、眼球の角膜や、さらに、若い徐さんからは内臓が摘出された可能性が高いと考えざるを得なくなった。DNA鑑定は一本の頭髪からでも可能であるのに、警察はなぜ腹部を切開する必要があるというのであろうか。

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