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マチュ・ピチュ遺跡全貌 (AFP / GETTY IMAGES)

【世界の奇景・絶景 先人から未来への贈り物】
マチュ・ピチュ遺跡

 【大紀元日本10月5日】先人は私たちに、神業としか思えない建造物やハッと息をのむような絶景を残してくれた。私たちは、これらを自分たちのエゴで絶やすことなく、後世に伝えていかなければならない。なぜなら、これらは、先人から【未来】への贈り物だから。

 ペルーのクスコの北西約80kmのアンデス山中にあるマチュ・ピチュ(=老いた峰)遺跡は、世界六大文明の一つ、インカ文明の代表的な都市遺跡である。標高2400mの高地に造られたこの都市は、「インカの失われた都市」とか「空中の楼閣」と称されており、未だ多くの謎に包まれている。

 マチュ・ピチュは、紀元11世紀ごろにインカの人々が宗教儀式を行うために造った神聖な城であり、神学と天文学の研究の中心であったと考えられている。同時に、急峻な地形上に規則正しく並ぶ段々畑を作って農業も行っており、完璧な潅漑システムを備えていたと見られる。

 この都市は、上城と下城に分かれており、上城には、宗教儀式のための建物や祭壇があり、その中でも太陽神を祭る廟が有名である。そこは、毎年6月、陽光が東の窓から差し込むと、ちょうど室内の大きな石の中央を照らすように作られており、太陽の運行を観測する天文台でもあったと考えられている。下城には、庶民の住居と倉庫があったようであるが、建築途中の建物が多く見られ、石材が散らばっており、インカの人々が何らかの理由でこの都市を捨てて慌てて逃げたという言い伝えの裏付けとされている。

 1532年、スペイン人がインカ王朝を破った後も、マチュ・ピチュは深い山の中にあったことから発見されず、破壊の災難を逃れた。しかし、そのために、1911年にイェール大学の考古学者ハイラム・ビンガムがこの遺跡を発見するまで、400年間も人類から忘れ去られたままであった。

 数十年の発掘調査を経て、マチュ・ピチュは今ようやく、私たちにその姿を現しつつある。インカの人々はなぜ、奥深い山の上にこのような「空中の楼閣」を造ったのか。そして、それほどに苦心して造り上げた都市を、なぜ捨ててしまったのか。多くの謎が、美しいマチュ・ピチュに一層神秘的な色彩を添えている。

 マチュ・ピチュ遺跡は、1983年に世界遺産に登録されて以来、ペルーで最も人気のある観光地となり、毎年50万人の観光客が訪れるようになった。ただ、他の世界遺産と同じく、観光業の発達によって、人為的原因による遺跡の悪化が進んでいることから、ペルー政府は、一日の遺跡観光客を500人に制限し、併せて年に1カ月間は閉鎖して修復を行なうことにした。観光業者にとっては、生活の糧を奪われるほどの痛手であるが、致し方なかろう。

 先人が残してくれたこの美しい奇景を、私たちのエゴで壊してはならない。私たちには、これをもとの美しいままで未来に伝える義務があるのだから。

 (06/10/05 22:06)  





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