THE EPOCH TIMES

≪縁≫-ある日本人残留孤児の運命-(43)「あわや掃討隊に連れて行かれそうに」

2008年07月26日 10時05分

 あくる日の早朝、養母は食料を背負い、弟の煥国を連れて出て行きました。私は、養母がなぜそんなに早く出て行ったのかわかりませんでした。いつもは、彼女はたいてい私に子守と留守番をさせるのですが、このときばかりは何も言わずに出て行ったのでした。

 養母が出て行ったので、私は寧ろ気楽に自由になり、ひとり部屋の中でひっそりと過ごしました。そのうち、隣の王喜蘭の家に行って王桂芳と遊ぼうと思いました。ところが、私が彼女の家に行くと、息子の嫁の上原豊子さんが私を見るなり、「早く家に帰りなさい。この家に来ては駄目よ」と私を追い出しました。

 私は本当に驚きました。なぜ私が来ては駄目なの?普段しょっちゅう来るわけでもないのに?今日は、養母が不在で自由なので、やっと遊びに出てきたのに。

 このとき、王おばさんもやってきていいました。「お馬鹿さん、あなたは家に来ては駄目なの。もうすぐ掃討隊が来るのよ。そうしたら、私たちが悪い人を庇っていると言われるわ」

 それで初めて、私は気がつきました。自分は日本人で、また旧満州国警察の「劉官吏」の養子で、「悪い人」なのでした。掃討隊に知られたら、王おばさんの家にとっては不利なのでしょう。私は何も言わず、王おばさんの家を出て、自分の家へ帰りました。とても情けなく、悲しい気持ちになりました。

 ただ、養母が不在で、折檻される心配もなかったので、とても気が楽で、隣の家に追い出されてもそれほど気になりませんでした。私は、当時9歳でしたが、種々の曲折と侮辱を経験してきたので、ちょっとやそっとのことには驚かないし、随分我慢強くなっていました。

 そのころ、私はよく、神様に守ってくれるようお願いしました。神さまは公平で、決していつまでも私に苦しみを与え続けるとは思えませんでした。しかし、それ以来、以前のように日本人を見たら親近感を感じ、信頼するということはなくなりました。

養母が家を出た次の日、掃討隊が本当に我が家にやってきました。

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