【大紀元日本3月12日】先日、徹夜で作業していた同僚が、「これ以上は【無理】だ」と言って、仮眠ベッドにばたんきゅう。まもなく還暦を迎える同僚には【無理】もありません。
「無理」とは分解すれば「道理が無い」こと。そこで、「無理も無い」とは「道理が無いことも無い」という二重否定で、「道理にかなっている」ということになります。
では、一つ目の「無理」はどういうことでしょうか。「これ以上続けることは不可能だ」ということですが、それと「道理が無い」義はどうつながるのでしょうか。
道理にかなっていないことは往々にして実現が難しいことです。ですから、「無理難題」(道理にかなっていない難題)をふっかけられても、それを解決するのは、普通の人には「無理」なことです。
また、道理にかなっていないのに、それを何とか実行しようとすれば「強引」ということになります。とても笑えるような場面ではないのに笑みを作ろうとすれば、「無理に笑う」ことになり、できそうもないことをやりとげようとすれば、「無理をする」ことになります。
このように、「道理が無い」義の「無理」と、「不可能」「強引」義の「無理」は大本のところでつながっていたのです。
一方、中国語の『無理』は古くから一貫して、「道理が無い」「筋が通らない」という文字通りの意味で使われます。例:『無理要求』(理不尽な要求)『無理取閙』(いわれもなく悶着を起こす)。ですから、「そんなこと無理だ」「無理するなよ」の「無理」をうっかり中国語の『無理』に置き換えると、見当はずれになってしまいます。
(智)
(09/03/12 01:37)
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