[香港 22日 ロイター] – パンと名乗る香港の男性は、自分のことを中流層の平和的な学生だと考えている。だが6月初め以降、彼はこの街の自由を守るためだとして、自分の身を危険にさらしてバリケードを築いたり、警官にレンガを投げている。
世界で最も安全な都市の1つである香港は、すでに11週間続く非組織的な民主化運動に揺れている。平和的な抗議活動と並び、正当な政治表現としての「実力行使」の考えが、次第に主流になりつつある。
「暴力で暴力に対抗できないのは分かっている。でも時には、政府などの関心を引くために攻撃性が必要だ」
先週末、香港の空港で警官隊と衝突した夜間の抗議デモに参加していた22歳のパンさんは、こう主張した。
「石を投げたり、傘を使って他人の盾になったり、バリケードを作り、物資を届けたり、負傷者を安全な場所に連れて行ったりした。警察に警棒で殴られもした。みなこの状況に少しずつ慣れてきている。そうしないとやっていけない」
旧英領の香港では6月、特別行政府が提案した中国本土への犯罪容疑者引き渡しを可能にする条例改正案が大規模な抗議活動を引き起こした。
1997年に中国に返還された後の香港で、一定の自由を保障してきた「1国2制度」のシステムがむしばまれつつあるとの広い懸念が、抗議活動に油を注いだ。
民主的な選挙の実施を求めた2014年の「雨傘運動」と異なり、今回の抗議活動には最初から衝突も辞さない姿勢が明らかだった。
参加者はヘルメットやマスク、ゴーグルを身に着け、入念な計画のもとに必要な装備を抗議活動の最前線に供給し、催涙ガスの威力を抑える周到な準備をしていた。
これは一定の成果を生んだ。抗議活動が激しさを増してから数日後、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、改正案の凍結を表明し、改正案は「死んだ」と述べた。同長官は今月20日にもこの表現を繰り返した。
これで勢いづいた抗議活動は、より根本的な民主化を求める広範囲で創造的、かつ洗練された運動へと変貌を遂げた。そして中国の習近平・国家主席に、最大の政治危機を突きつけている。
抗議デモ参加者はより攻撃的になり、香港全土で警官隊といたちごっこを繰り広げている。
18日に行われた大規模デモは平和的だったが、活動家たちは暴力が拡大していく可能性を排除しなかった。
「雨傘運動の失敗から多くを学んだ」と、パンさんは言う。前夜身に着けていた全身黒の衣服は空港の洗面所に捨て、新しい服を着ていた。
「暴力が拡大していくことを受け入れる人は確実に増えている。歓迎したり参加したりはしなくても、(参加者を)批判はしないという人たちだ。われわれは団結している」
<自制のきいた攻撃性>
香港で起きている「暴力」には秩序がある。
通行人はヘルメットとマスクを渡され、安全な場所に着くまで傘で守られる。救急車や消防車のために道が開けられる。数件の例外を除き、個人の所有物は攻撃されていない。
夜にぎわう湾仔(ワンチャイ)地区で行われた抗議デモの最中、子供連れのカップルが、デモ参加者で埋め尽くされたバリケードだらけの通りを何気なく歩いていた。催涙ガスが漂うなか、店の外でビールを飲みタバコを吸う人たちもいた。出稼ぎに来ているフィリピン人家政婦たちが、歩道橋の上でピクニックしていた。
「ベルリンやパリに比べて、ここのデモ参加者はキュートだ」と、ロベールと名乗るフランス人の航空管制官はビールを飲みながら話した。
一定の礼儀や安全性が尊重されているおかげで、一部の過激化したデモ参加者が、平和的なデモ参加者から支持され続けている。
雨傘運動が失敗に終わった原因の1つは、平和的な圧力を主張する古参議員と、より対立的な活動を主張する学生らの主導権争いにあったと、研究者らは指摘している。
だが今回は、中心的な役割を果たす指揮組織のない抗議活動の中で、様々な「会派」がそれぞれの戦略を追求できているという。
18日の平和的なデモに参加した人たちに暴力的な活動に対する評価を聞いたところ、「受け入れる」、「支持する」、「同意できない」と分かれた。しかし、「批判する」と答えた人はほとんどいなかった。
「人にはみなそれぞれのやり方がある。大事なのは結果だ。自分は受け入れる」と、妻と7歳の息子と一緒にデモに参加していたガレン・ホーさん(38)は語った。デモが暴力的になる前に離脱するという。
香港の複数の大学が6月9日から8月4日にかけ、デモ活動の現場12カ所で行った調査によると、参加者のほとんどが「平和的な集会と対立的な行動が協力し合った時に最大の効果を得られる」と考えている。
「政府が耳を貸さない場合、デモ参加者による暴力行使は理解できる」との考えに「強く賛成する」または「賛成する」と答えた人は、当初の69%から90%に増加した。強く反対、あるいは反対すると答えたのはわずか1%で、6月の12.5%から急減した。
「わたしたちはもう、『いい子』の香港人ではない」
労働者が多く暮らす大囲(タイワイ)地区でバリケードの設置を手伝っていたアイリスと名乗る女性(23)は話した。
「私たちをこの道に追い込んだのは政府だ。私たちが望んだのではない。毎日3度食事し、家で平和な時間を送って収入を得る安定した生活を望まない人などいないでしょう」
18日には、警察署に向かって悪態をついていた抗議活動の一団に対し、1人の男性が、この日の抗議デモは平和的に行わなければならないと語りかけた。この一団は速やかに撤収していった。
「われわれを支持してくれた平和的参加者に対して、われわれなりのやり方で支持を表明したものだ」と、覆面と黒いヘルメットで身を包んだビクターと名乗る男性(26)は話した。
ラム長官は20日、デモ参加者に対する警察の振る舞いについて、独立調査の求めには応じなかったものの、苦情に対応する特別チームを立ち上げると述べ、一歩譲歩したかに見えた。
シドニー大学で香港のデモを研究するアマンダ・タターソル氏は、抗議活動の大半を占める平和的な参加者と、より対立的なグループの間には最初から「相互依存」があったとしている。
暴力は混乱を生じさせるためではなく、戦術的な目的のために使われているという。
「いわゆる暴力行為について、この運動には非常に秩序があり、規模や境界が決められている」と、タターソル氏は分析した。
(翻訳:山口香子、編集:久保信博)
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