THE EPOCH TIMES

<伝統を受け継ぐ>弓道 キーワードは「基本」と「平常心」

2010年11月08日 06時35分
 【大紀元日本11月8日】7世紀に宮中で行われた国家儀礼、射礼(じゃらい)が10月24日、平城遷都1300年祭で賑わう平城宮跡で古式ゆたかに
10月24日、平城宮跡で行われた射礼(大紀元)

再現された。天智天皇の世に宮廷官人の礼節秩序を確認する目的で行われたのが始まりという。天平衣装に身を包んだ「弓馬術礼法小笠原教場」の射手12人が約20メートル先の的に矢を放った。

 古来、日本では弓矢に霊力があると信じられており、弓矢の奉納や、多くの神事が行われ、今日まで続いているものも、少なくない。かたや武具としての弓は、鉄砲の伝来、次いで侍社会の崩壊により衰退し、弓術も明治の廃藩置県により藩校の武術教育が消滅し、衰退を余儀なくされた。現在では、小笠原流、日置流など数少ない流派が、古来の弓術や儀礼を受け継いでいるのみとなった。

 しかし一方で、弓術は「弓道」と名を変え、現代社会にしっかりと根を下ろしている。大正時代に弓術は、精神修養の道「弓道」として復活したのだ。戦中、戦後の国策や政策により紆余曲折はあったものの、1949年に全日本弓道連盟の前身が結成され、次いで、全日本学生弓道連盟、全国高等学校体育連盟弓道専門部などができ、心身鍛錬を目的とする競技スポーツとして、多くの人に親しまれている。因みに、奈良県下の高校では半数の学校に弓道部があり、部員の数は野球部に次いで多いという。

 弓道は、決まった所作で弓を引き、矢を的に中てる。これだけのことである。それが多くの人々を引き付ける、その魅力はどの辺にあるのだろうか。現在、奈良県生駒市弓道協会の理事として、後進の指導にあたる西野禎一さん(51)に話を聞いた。西野さんが初めて弓を手にしたのは、高校の弓道部に入部した時である。「自分の体力に合っている・学業と両立できる」ことが弓道部を選んだ理由だった。以来37年、弓は常に西野さんの傍らにある。卒業後は、奈良市弓道協会で研鑽を積む傍ら、教職に就いた県下の高校の弓道部で、また、生駒市弓道協会では一般社会人に指導を続けている。

 弓道で一番大切なことは何かという問いに、西野さんは「平常心」と答える。では、平常心を保つにはどうすればよいのか。先ず、決まりの所作を間違いなく行い、常に同じ形で弓を引くこと。ここに不安があれば、平常心を保つことはできない。それができて初めて、自分の心を看ることができると。「5年もすれば、技術は習得できます」。西野さんはさらりと言う。自身の平常心を看るのは、その後ということか。

 一番難しいのは何か、それは「矢を的に中てること」「中てたいと思っても、中らない」と。例えば、テニスならラケットの持ち方、振る角度を工夫するなどして
弓を引く西野さん(大紀元)

、狙った位置にボールを返すことができる。弓道では、中てる工夫は基本の形に戻る以外ないという。つまり、「中てたいと思わないこと」だ。弓道では、通常1回に2本の矢を射るが、2本目の矢は1本目の矢を射るより難しいという。1本目の矢が的を外れれば、修正したくなる。的中すれば、2本目も中てたくなる。平常心が保ちにくいのだ。

 それなら、37年もの間、西野さんを引き付けている弓道の魅力はどんなところにあるのだろう。「精神を集中して、一つ一つの動作を基本通りにできた時に感じる爽快感です。的に中るか、中らないかは二の次です」と西野さんは言う。

 しかし、これはキャリア37年の西野さんが到達した境地で味わう魅力なの
生駒市弓道協会の練習風景。ブルーの運動着が指導中の西野さん(大紀元)

だろう。定年退職後、初めて弓を手にしたという生駒市弓道会のメンバー、内本さんは弓道歴3年半、形も決まっているし、命中率も高い。「弓は楽しいです」「中ったときは本当にうれしい。中らない日は肩を落としてうちに帰ります」と言う。また、弓道歴15年余りという若々しい70代の女性、早山さんも「弓道は楽しいですよ。おやりになりませんか。体が丈夫になりますよ」と勧めてくれた。

 弓道は奥が深く、道は長そうだ。しかし、道を究めるストイックな雰囲気ではなく、経験者は経験者なりに、初心者は初心者なりに、一人一人が自分なりに魅力を見出して、楽しく弓を引いているようだ。

(温)


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