「両会」か「二会」か 名ばかりの政治ショー

2013年03月06日 11時55分
何でも賛成してきたことで有名な83歳の申紀蘭さん(Photo AFP/Getty Images)

【大紀元日本3月6日】「両」と「二」、どちらも「2」を意味するものだが、北京で開催中の全国人民代表大会(全人代)と中国人民政治協商会議(政協)をまとめて「両会」と呼ぶのが慣習。だが、その慣習にこのほど変化が現れ、「二会」との呼び名が人々の忍び笑いとともに巷に浸透している。

 その訳は「二」の形容詞的使い方にある。「二」というのは、その人が間抜けであることを意味する。「両会」が「二会」になったのは、形骸化した両会制度やそれらに出席する代表らの発言が「ばかばかしい」という人々の揶揄が込められているからだ。

 名ばかりの制度

 「二会」の中でもとりわけ全人代は中国の憲法で「国家の最高権力機関」と位置づけられ、法律の制定や国家主席の選出などを行う権限をもつと定められている。だが実際には、こうした事項は、共産党指導部が決定しており、全人代は党の決定を追認するだけで形骸化していると指摘されている。また、全人代代表も共産党が指名した候補から選出され、共産党の方針から根本的に逸脱する者が選ばれることはない。

 会期中の、ものものしい警備も人民代表制度は名ばかりなものであることを裏付ける。今年も1人の代表に150人の警備員が充てられる計算で、計70万人が保安に動員されたという。厳重な警備は「代表」を「人民」から隔離させている。それでも代表に陳情を試みる人民の勇者は身柄を取り押さえられ連行され、時には労働教養所や刑務所に入れられる。

 北京理工大学教授で法律学者の徐_xin_氏は「代表らにしっかり責務を果たさせるためにも、代表の職場、住所、連絡方法を公開すべきだ」と主張する。人民代表制度は60年を迎えるが、人民が彼らを代表する代表らに連絡し陳情する手段すら確立されていない。

 名ばかりの代表

 「二会」のもう一つの政治協商会議は国政助言機関として位置づけられており、共産党やそれ以外の党派、団体、各界の代表で構成されている。その代表の1人で上海復旦大学の葛剣雄教授は3日、英フィナンシャル・タイムズ(中国語版)の取材を受けた際、委員の選出はすべて、共産党中央に決定権があることを明らかにした。

 「政協委員の誕生は、本人に意欲があり自ら立候補するところから始まるわけではない。非共産党員に関しては、(共産党中央)統戦部が推薦し、共産党員に関しては、(共産党中央)組織部が推薦する。推薦名簿を共産党中央が審査し、政協の常務委員会が最終決定する。本人に意欲があるかどうかは関係ない。事前に通知し、開示している部門もあるが、多くの場合、委員らは新聞の発表を見て、自分が政協委員になったことを知る」

 自分の「当選」に驚くのは全人代代表も同じ。1992年生まれ、最年少で今回の人民代表になった雲南省の切符販売員・鉄飛燕さんは自分の当選を知ったのは2月中旬。「その瞬間、すごくびっくりした」と彼女は振り返る。安徽省農村部に住む27歳の彭偉平さんは昨年、妊娠中であるにもかかわらず溺水幼児を助けたことが称えられ、今回の人民代表に。「あまりにも意外」と彼女も自分の当選に目を丸くする。

 一方、当選にまったく驚かない代表もいる。83歳の申紀蘭さんは1954年に「初当選」してから落選したことはない。「人民代表として、党に迷惑をかけてはいけない」との見解を表す申代表は、60年間、反対票を投じたことはない。「大躍進や文化大革命を推進する時も賛成し、大躍進や文化大革命を否定する時も賛成。政治主張のまったくない彼女がどうして代表になりつづけえたのか」とネットユーザーらは有名無実な代表とその制度を非難する。

 名ばかりの提案

 このように任命された代表の提案には毎年、国民の度肝を抜くものがある。広東省代表の朱列玉氏は開会前、旧正月の連休や10月連休、5月連休などの期間中は全国規模で鉄道「無料乗車」を提案。また、10万元以上の収賄に科される10年以上の懲役を1年に軽減することも発議する。中華慈善総会の名誉副会長で全人代代表の周森氏は、慈善事業への募金は、納税のように義務づけるべきだと唱える。

 市民感覚とかけ離れるこれらの提案がてんこ盛りの一方、政権の逆鱗となるものは長年にわたって触れずじまい。幹部の財産公開を義務づける「陽光法案」は20数年前に提案されたにもかかわらず、富豪が顔を揃える大会では見て見ぬ振りをされる。天安門事件の被害学生の母親らが同事件の再評価を毎年求めるものの、「党に迷惑をかけない」代表らは事件から顔を背ける。

 2010年12月に行われた艾未未氏とメディア関係者との対談にこのような内容があった。「2006年、両会ニュースが頻繁に(ネットに)登場し始めた頃はまだ積極的な見方はあったが、2008年頃から、ユーザーのコメントは百パーセント批判となった」。ポータルサイト騰訊のニュース編集主任の李玉霄氏は当時、そう明かし、「コメント欄を閉鎖するしかなかった」という。

(張凛音)


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