ロイターの香港報道を制限、リフィニティブが自己検閲

2019/12/15
更新: 2019/12/15

[ロンドン 12日 ロイター] – 今年8月、香港が反政府デモに揺れる中、ロイターは、暴動を鎮めるためにデモ参加者らの要求を一部受け入れたいという林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の秘密の提案を、中国政府が却下していたと報道した。中国当局が神経をとがらせかねない内容だった。

記事はデモ参加者らの主張の柱、つまり中国政府が香港の内政に深く干渉しているとの主張を裏付けるものだった。中国の国有紙はこの記事を、「でっちあげ」で「恥ずべき」ものだと非難。記事は間もなく中国本土で読めなくなった。

記事を止めたのは中国政府ではなかった。金融取引・分析プラットフォーム「Eikon」を通じてロイターのニュースを世界中の投資家に配信している金融情報プロバイダー、リフィニティブが削除したのだ。昨年までロイターの親会社、トムソン・ロイターが保有していたリフィニティブは、中国中央政府の圧力によって中国本土で他にも多くの記事を検閲するようになっている。

今年8月以降、リフィニティブが阻止したロイターの配信記事は、香港デモ関連ほか、中国政府に不利な印象を与えかねない記事も含めて、200本を超える。リフィニティブ内部の文書によると、同社はこの夏、検閲を容易にするため自動フィルターシステムを導入した。このシステムでは中国関連記事の一部に「制限付きニュース」という新たなコードも付与している。

その結果、リフィニティブの中国の顧客は、今年屈指の重大事である香港デモに関する記事へのアクセスが制限された。その中には、格付け機関による香港の格付け引き下げに関する記事2本が含まれる。中国のEikonでアクセスできるニュース配信元はロイター以外にも100種類ほどあるが、いずれもこの検閲の影響を受けている。

習近平国家主席の下、中国の検閲はここ数年厳しさを増し、西側企業は中国政府が政治的に危険とみなすニュース、言論、製品を阻止するよう迫られている。リフィニティブの中国での売上高は年間数千万ドル。ロイターが6月、3人の関係筋の話として報じた通り、リフィニティブは今年、当局から中国事業を停止させると脅された後に検閲を始めた。

リフィニティブの他にも、企業は次々と中国の要求をのんでいる。ホテル大手マリオット・インターナショナルは昨年、台湾を中国とは別の国として表記した件を謝罪し、一時的に中国語のウェブサイトを閉鎖した。複数の米航空会社も自社のサイトで台湾を中国の領土外として表記するのをやめた。中国政府は台湾を自国の一部と見なしている。これらの企業は自社の行為を擁護した。

検閲はロイターの報道・事業部門の幹部らを怒らせた。ロイターの独立性を守るための独立組織で「発起人株式」を所有するトムソン・ロイター・ファウンダーズ・シェア会社の理事らも憤った。

この理事長を務めるオーストラリア・メディアの幹部、キム・ウィリアムズ氏は10月にシンガポールのロイター編集部を訪れた際、記者らを前にリフィニティブを激しく非難。同社の行為は「忌むべき」もので、「政治によるむき出しの侵害」への降伏だと息巻いた。ロイターのスティーブ・アドラー編集主幹は11月、ロンドンで記者らに対し、検閲はブランドを「傷つけて」おり、「容認できない」と述べた。

事情に詳しい複数の関係者によると、リフィニティブのデービッド・クレイグ最高経営責任者(CEO)とトムソン・ロイターのジム・スミスCEOは問題解決に向け、今週を含めて複数回会談を持った。トムソン・ロイターの上級幹部によると、スミス氏はクレイグ氏が検閲を決めたと知って「非常に憂慮した」。関係筋の1人によると、両者が合意可能な解決策にどれほど近づけたかは不明だ。

リフィニティブの広報パトリック・メイヤー氏はフィルターシステムについて「当社が今年導入した手続きに改善の必要があることを認識し、鋭意取り組んでいる」との声明を出した。「グローバル企業であるリフィニティブは、事業を行う国の法と規制を順守しなければならない。これはリフィニティブだけでなく、金融市場情報を扱う他の企業や配信元も直面する課題だ」とした。

リフィニティブが創設されたのは昨年だ。巨大プライベートエクイティ会社ブラックストーン率いる企業連合がトムソン・ロイターのファイナンシャル&リスク部門の株式55%を買収することで誕生した。ブラックストーンはこの一環としてEikon端末事業を約200億ドルで取得し、ブランドを刷新した。

リフィニティブとトムソン・ロイターは緊密な関係を保っている。ロイターはEikon向けにニュースを販売しており、トムソン・ロイターはリフィニティブ株の45%を維持している。リフィニティブはロイターにとって、収入の約半分を占める最大の顧客だ。事業分離契約の一環として、リフィニティブはロイターに向こう30年にわたり年間3億2500万ドル(インフレ調整付き)を支払うことで合意。メディア事業では異例の契約で、ロイターにとって頼りがいのある収入源となっている。

ファウンダーズ・シェア理事らの憤慨ぶりは、ひとかたではなかった。トムソン・ロイターのスミスCEOに対し、記事を抑圧したリフィニティブは契約条件に違反していると苦言。また中国の要求に屈したリフィニティブは、他の国々でも記事を止め始めるのではないか、と不安を訴えた。

ブラックストーンが買収する前、Eikon事業はトムソン・ロイターが保有しており、ロイターの記事は中国のEikon上で阻止されていなかった。一方で、中国政府自体は長年にわたり、ロイターの一般読者向けのウェブサイト、Reuters.comや、その他多くの外国報道機関サイトへの国内アクセスを阻止してきた。

「禁止したいものがあるなら、中国に決めさせればよい」。世界貿易機関(WTO)前事務局長でファウンダーズ・シェアの理事を務めるパスカル・ラミー氏は言う。「ただ、あくまでリフィニティブやロイターの決定ではないということだ」

ラミー氏によると、編集の誠実さと独立性に関するロイターの倫理規則、「信頼の原則」をリフィニティブが守ることが契約条件で義務づけられている、というのが理事らの考えだ。この原則には「自主検閲の受け入れを防ぐ」と記されている。

リフィニティブはこれに対し、同社は「信頼の原則に照らして自らの義務を果たしている」と説明。中国の顧客向けの政治記事にフィルターをかけることにより、事業認可で義務づけられている通り、地元の法と規制に従っていると主張した。

トムソン・ロイターとリフィニティブ双方の取締役を兼務するスミスCEOは、コメント要請に応えなかった。

ロンドン証券取引所はリフィニティブを270億ドルで買収することで合意しており、来年下期に買収が完了する見通しだ。同取引所はコメントを控えた。

 

<天安門事件はタブー>

 

ロイターは6月、リフィニティブが政府の圧力で複数のロイター記事を止めたと報じた。天安門事件30周年に関する記事だ。事情を知る複数筋によると、リフィニティブはオンラインの言論を統制するサイバースペース管理局(CAC)から、従わなければ中国でのサービスを差し止めると脅され、行動を起こした。

CACはこの記事についての質問に答えなかった。中国外務省からのコメントは今のところ得られていない。

6月3日、ロイターのアドラー編集主幹とマイケル・フリーデンバーグ社長はスタッフ宛の電子メールで、リフィニティブに懸念を伝えたと説明した。

リフィニティブは、中国当局からロイターの記事について圧力を受けた場合には、編集部に注意喚起すると約束した。ロイターはこれを受け、個人や記事に登場する機関から苦情が寄せられた時と同じく、配信済みの記事を訂正する理由があるか否かを判断することになる。

7月末、リフィニティブはロイターにある記事を見直すよう要請した。香港にいる中国政府の代表が地元住民に、デモ参加者を追い払うよう促したとする内容だ。1週間後、その地域で政権派と反政権派の群衆が衝突する暴動が起こった。この記事もまた、中国政府による香港への干渉を示しており、当局が神経をとがらせる内容だった。

ロイターが記事の内容は正確だと確認したにもかかわらず、リフィニティブは記事の見出しを中国のEikonから削除し、ユーザーが見つけて読むのを難しくした。8月2日、ロイターはこの記事がブロックされたことに関する記事を流した。

 

<「戦略的中国フィルター」>

 

リフィニティブは中国の怒りを買うような内容の報道を制限する取り組みを強化。同社の内部文書や電子メールによると、中国本土のアイコンユーザーに特定のニュースが流れるのを自動的に遮断する「戦略的中国フィルター」と呼ばれるシステムが作られた。

7月にはリフィニティブのニュース・プラットフォーム・アーキテクチャ部門のディレクターがシステムに「制限付きニュース(Restricted News)」と呼ばれるコードを新たに設け、記事に添付するよう求めた。7月17日に行われたこのコードに関する話し合いの記録によると、同ディレクターはこのコードについて「(内外の)全ユーザーに対して秘密にすべきだ」と述べた。中国の顧客がこのフィルターを無効化できるようになることをリフィニティブは望まない、というのが理由の1つだった。

同僚への電子メールによると、このディレクターは新たなコードについて「中国政府の制約のために、中国で読まれる前に追加的な処理が必要なニュースに印を付けるフラグだ」と説明した。

フィルタリングシステムは中国本土の読者へのニュース提供を遮断するように設計されているが、他の市場ではこれらのニュースにアクセスできる。事情に詳しい関係者によると、見出しに含まれる「香港」や「抗議」などのキーワードを見つけ出す仕組みだという。

リフィニティブの従業員も電子メールで「制限付きニュース」コードについて、中国だけに適用するか、それとも汎用性を持たせて、将来他の国でもニュースを遮断するのに使えるようにするかを協議した。電子メールのやり取りからは、従業員がこのコードに汎用性を持たせる案を支持したことが読み取れる。同社が中国以外の国でフィルタリングシステムを導入したかどうか、ロイターは証拠を得ていない。リフィニティブは制限コードの中国以外での利用を計画しているかどうかについてコメントしなかった。

中国本土外のEikonユーザーは記事の見出しをクリックするか、もしくはキーワードかコードでの検索を行えば、香港の抗議行動についての記事を呼び出すことができる。しかし、中国国内のユーザーはこうした記事を呼び出せず、「この記事にはアクセスできません」というメッセージが現れる。

香港政府トップが「逃亡犯条例」改正案撤回を中国政府に提案したが拒否されたとロイターが8月30日に報じた後、リフィニティブは抗議関連の報道に対する制限を強めた。この報道以前には、見出しに「香港」と「抗議」というキーワードを含むロイターの記事は年初来で246本あり、そのうち、5本以外がすべて中国本土でアクセス可能だった。しかし、8月30日─11月20日の期間でみると、こうした記事251本のうち196本、つまりほぼ5本中4本の割合で記事が遮断されていた。

特に9月4日から10月7日にかけてはフィルターによる制限が厳しく、見出しにこの2つのキーワードを含むロイターの記事104本すべてが遮断された。これは抗議デモが香港全市で過激化し、警察が放水銃やゴム弾で応戦していた時期に重なる。

リフィニティブは、市場に影響し、同社にとって中核的な顧客である金融の専門家の利害に関わる報道についてもフィルターによる制限を掛けていた。例えばフィッチ・レーティングスが香港の外貨建て長期発行体デフォルト格付け(IDR)を「AAプラス」から「AA」に引き下げたとするロイターの9月6日の記事や、抗議行動が株価や新規株式公開(IPO)に与える影響などに関する記事が制限の対象となった。

事情に詳しい関係者によると、リフィニティブでは最終的にはフィルタリング処理に従業員も関与し始め、金融関連記事が遮断されないよう対応している。しかしフィルタリングシステム自体はそのまま残っている。

新疆ウイグル自治区におけるウイグル族への弾圧など、中国で政治的にタブーとみなされそうな記事の一部はフィルタリングシステムを通過している。ウイグル族に関する他の記事の多くは遮断されている。

同社のフィルタリングシステムはロイターの記事のほか、中国新華社などアイコンにより中国国内で入手可能な97のニュースプロバイダーの記事についても1本以上の記事を遮断している。

同社は12月3日、香港で親中派による小規模なデモが行われたとする新華社の報道にも制限を掛けた。この報道は、米国での香港人権・民主主義法(香港人権法)成立を巡り米政府を厳しく批判する声に言及していた。

投資家にとって重要なニュースは依然として制限の対象となっている。中国本土のアイコンユーザーは本記事についても報道直後の段階に読むことができなかった。アクセスが制限されたのだ。

Reuters
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