焦点:傷ついた子どもをどう守るか、問われる日本の児童養護

2019/05/27
更新: 2019/05/27

Chang-Ran Kim

[東京 24日 ロイター] – クリスマスパーティーだと言われて児童福祉司に連れていかれた場所は、子ども約60人が暮らす、和歌山県の町にある児童養護施設だった。森谷美和さんが、6才のときのことだ。

「パーティー」だったはずの訪問は、母親から離れて8年以上過ごす長期の入所になった。長年にわたる孤独感、いじめ、そして心の傷との闘いの始まりだった。

自分がどうして施設に預けられたのか、美和さんが具体的な理由を知ることはなかった。分かっているのは、行政が、家族といるよりも施設に預けた方がよいと判断したということだけだ。

統計によると、虐待、ネグレクトやその他の理由で親元にいられない子どもたちの大半を里親に預ける多くの先進国と違い、日本ではそのような子どもたち3万8000人の8割以上が里親ではなく養護施設に預けられている。

いったん施設に入った子どもたちの約7人に1人は、10年以上をそこで過ごすことになる。子どもたちは家族的な環境の中で育成されるべき、という国連ガイドラインからは程遠い。

児童虐待による複数の死亡事例が社会の注目を集めたことにより、政府は子どもを保護する取り組みを優先政策課題として進めている。各都道府県は、来年3月までに事態を改善する新たな計画を立てるよう求められている。

政府は2018年夏、おおむね7年以内に保護が必要な未就学児の75%を里親に預けること、および特別養子縁組の成立件数を5年以内に倍増させて、年間1000件以上とする方針を示した。

第2次世界大戦後、日本では行き場をなくした孤児たちを保護するために数百の施設が設置された。以降、国による児童の養護は主にそれらの施設が担うようになった。現在、約600の児童養護施設がある。

児童養護施設は多くの子どもたちを救ってきたが、その多くは20人以上の児童を抱える大所帯であることを考えると、健全な家庭環境に代わる存在とは言い難い、と専門家らは指摘する。厚生労働省が4月に発表した調査では、施設では子ども間の「性的な問題」が多数発生していることがわかった。

子どもの権利保障に取り組んできた塩崎恭久・元厚生労働相はロイターの取材に対し、「みんな子どもが大事だといっているが、子どもはいつも後回しで、大人中心。そこを変えなくてはいけない」と語る。

<逃げ場がない>

美和さんは23才になった。和歌山県の「こばと学園」に入った当初は、母親が恋しくて何日も泣き続けたという。しかし泣いても家には帰れないことを悟ったとき、美和さんはあきらめ、泣くのをやめた。

「それを大人は、子どもが慣れたと勘違いする。それは大間違いだ」

一部のスタッフは親切だったという。しかし、施設では新しい職員が現れたかと思うと、前触れもなく突然いなくなった。子どもたちは常にいじめっ子におびえ、厳しく叱責する大人たちを恐れた。

美和さんは「学校のいじめと違って、一緒に住んでいるから逃げ場がない」と語った。

社会的養護下にいる子どもを40年近くケアしてきた臨床心理士の西澤哲・山梨県立大教授は、非養育的な環境の施設で育った子供たちは、発達トラウマ障害を抱える可能性があると指摘する。

西澤教授は、こうした環境では「自分が守られているという安心感が得られない」と指摘する。子どもの場合は自己調節能力が育たず、少しでも気に入らないことがあれば大暴れをしてしまうという。

「不快感があるとそれをコントロールできなくなり、それを鎮めようとして自傷行為をしてしまう。人との関係がぐちゃぐちゃになってしまう」

<眠れない夜>

美和さんはこうした症状の多くを体験している。何度となく電話番号を変えて知人との関係を断ったり、時にアパートの部屋にあるものを破壊したくなったりする。手首には自傷行為の跡が残っている。

しかし、施設の中ではまだ恵まれていた方だと美和さんは考えている。他の児童と違い、美和さんはやがて母親と週末や長期休暇を過ごすようになったからだ。中には、ほとんど、もしくは全く両親に会わない子どもたちもいる。

美和さんは自分がなぜこばと学園で暮らし始めたのか知らず、聞こうと思ったこともなかった。気になり始めたのは、ここ半年ほどのことだ。

母親は、施設で暮らすほうが美和さんのためだと児童福祉司に説得されたと明かした。母親は美和さんの小学校入学手続きをしなかったため、養育能力に欠けていると判断されたという。

今年2月、美和さんは自分のケースワークの個人情報開示請求をした。開示された276ページのファイルからは、美和さんの父親を含むパートナーの男性から離れて暮らすために仕事と住居を探す必要があった母親と、そのために美和さんを誰かに預ける必要があった苦しい状況が見て取れた。

開示情報からは、児童福祉司が美和さんをできるだけ早期に親元に戻そうとする様子は全くうかがえない。美和さんは、幼少時に児童福祉司が訪ねてきた記憶が一切ないが、それはケースワークに残された記録と合致している。

これは、制度上の問題を指摘する人々が挙げる代表的な問題点だ。児童福祉司は多忙を極めており、子どもの最善の利益を目指して決定を下すための専門知識も欠けているという。

塩崎氏は、児童福祉司の増員と国家資格化を目指しているが、人材・財源が不足しているとして反対する意見も根強い。

美和さんの精神的な状態についての記載は、彼女が10代になるまでほとんど記録に残っていない。

2008年になると、美和さんは夜眠ることが困難になった。ほどなく、社会性やコミュニケーション能力の発達が遅れる広汎性発達障害(PDD)と診断され、1年後には抗うつ薬のパキシルが処方された、とケースワークには記されている。

児童相談所が美和さんを母親の元に帰したとき、美和さんは15才になっていた。

ロイターは和歌山県の児童相談所とこばと学園に取材を申し込んだが、守秘義務により応じられないとの回答だった。

<限られた退所後の選択肢>

東京都の調査によると、子どもたちが18才を迎え、施設を出た後に最も悩まされるのが孤独感と経済的な問題だ。大学などに進学する人は3分の1で、全国の進学率約80%とは対照的だ。

選択肢が乏しい中、退所した元児童たちの1割は寮付きの職場を選ぶ。離職率は高く、1割は生活保護を受け、中にはホームレスになる人もいる。

社会的コストが増大する中、政府は各都道府県に、来年3月までに、家庭養育を中心とした環境で子どもたちをケアするための新たな計画の策定を求めている。里親や特別養子縁組の希望者の募集拡大や、施設の小規模化も含まれる。

塩崎氏は、親だけでなく、子どもにも権利があることを明確に定めた2016年の児童福祉法改正に関わった。同氏は、「法律や制度は変えた。問題は、実態が変わるかだ」と語る。

社会的養護が必要な児童を長く養育してきた関係者らは、問題解決は容易ではないと指摘する。

この国で過去20年に児童虐待の件数が10倍以上に増えたことを考えれば、最も弱い存在である子どもたちを守る力がこの社会にあるのか疑問だと、彼らは言う。

京都府にある児童養護施設、舞鶴学園の施設長で、全国児童養護施設協議会会長の桑原教修氏は、「個人的には、もっと早くそういう(家庭的な環境での養育を目指す)方向に行くべきだったと思う。(1994年の)子どもの権利条約批准からこれほど時間が経ったのに何をしていたのか」と、政府の対応を批判した。 

桑原氏は、家庭ベースでの子どものケアに異論はないという。しかし、増え続ける、複雑な心の問題を抱えた虐待被害児のケアをしていくことがどれだけ難しいかは、半世紀以上にわたり同施設で児童の育成に関わってきた経験から理解しているという。

「家庭が脆弱になって、養育能力が破綻しかけている。もっと丁寧に時間を割かなくては。子どもは、物ではないのだから」

(翻訳:宗えりか、編集:山口香子)

5月24日、クリスマスパーティーだと言われてソーシャルワーカーに連れていかれた場所は、子ども約60人が暮らす、和歌山県の小さな町にある児童養護施設だった。写真は4月24日、横浜の家で取材に応じる森谷美和さん(2019年 ロイター/Kim Kyung-hoon)
Reuters
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