欧州議会、中国政府の強制的な臓器摘出を非難する決議を採択

2022/05/07
更新: 2022/05/08
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欧州議会は中国政府が行っている強制的な臓器摘出について「深刻な懸念」を表明し、加盟国がこの虐待を公に非難することを求める決議を採択した。

採択後の5月5日、欧州議会は「中国の囚人、特に法輪功学習者に対する持続的・組織的・非人道的な臓器狩りが国家公認の形で行われているという報告について、深刻な懸念を表明する」という声明を発表した。「生きている死刑囚や良心の囚人から臓器を摘出する行為は、人道に対する罪に相当する」という議員たちの考えが表明された。

数か月間かけて迫害経験者の証言や医学専門家らの意見を検証した独立委員会である中国民衆法廷は2019年、「中国政権は長年にわたり、臓器移植のために良心の囚人の相当数を殺害してきた。現在でも繰り返されている行為は、人道に対する罪に相当し、被害者の多くは拘束された法輪功学習者である」と明らかにした。

法輪功は「真・善・忍」の原則に基づく道徳の教えからなる気功修煉法。1999年、法輪功に対する人気が共産主義政権の権威主義的な社会統制を脅かすものと認識され、中国共産党は法輪功信者は大規模な迫害政策を続けている。

全国で拘束された何百万人もの法輪功学習者は、中国共産党政権の臓器移植システムの大規模な非自発的臓器バンクと化した。2000年代半ばに報じられた強制的な臓器摘出を中国政府は繰り返し否定してきた。第三者機関による検証のための医療施設や拘置所への立ち入りも拒んできた。

欧州議会の決議文では、中国共産党が中国民衆法廷での証言を拒否したことを指摘している。また、被拘束者による臓器提供の同意について独立した監督がなかったこと、家族が拘留中に死亡した遺体を引き取ることができなかったことへの中国当局の沈黙についても糾弾している。

中国の臓器強制摘出問題に関して欧州議会が非難決議を出すのは2013年以来で2度目。中国政府に「欧州議会は強制的な臓器摘出の行為を容認できない」とのメッセージを再度送る形となった。

「EUとその加盟国が、すべての人権対話の場やパートナーとの関わりの中で臓器狩りの問題を提起し、自国民を臓器移植ツーリズムに参加させないための必要な行動をとり、移植医療、研究、訓練に関する中国側との協力関係を見直すべきだ」と決議文には記されている。

人権は「オプションではない」

決議案の可決は、ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官の訪中の3日前に行われた。欧州議会の決議案は、人権機関が訪中している間に、この問題を調査するよう強く主張している。

EUの外交政策トップのジョセップ・ボレル氏は、議会の討論でこの問題を取り上げ、「臓器の強制摘出という犯罪的・非人道的・非倫理的行為に対して、27カ国の加盟国は最大限の強い言葉で非難する」と発言した。

さらに、「人権の尊重は、臓器提供や移植という医学的・倫理的に困難な分野を含めたあらゆる分野においてオプションではなく必要条件である」と述べている。

米国移植学会誌4月号に発表された医学研究では、中国の出版物の数十件に、医師が脳死判断のための標準プロトコルに従わず移植用の心臓と肺を摘出したというレポートが確認された。患者が臓器のために殺されたことを意味しており、国家のための「死刑執行人」として何百人もの医療関係者が働いていたことになる。

ボレル氏のスピーチは、国際宗教自由議員連盟(International Religious Freedom Congressional Caucus)の共同議長を務めるガス・ビリラキス下院議員からも拍手を浴びた。「中国の忌まわしい人権記録は、少数民族や宗教者の臓器摘出という非人道的な行為を含め、もはや隠蔽されることはないだろう。米国とその同盟国は、基本的人権とすべての人々を保護するために強力で揺るぎないメッセージを送らなければならない」と大紀元に語った。

一方、この措置は「まだ手ぬるい」という見方もある。医療倫理擁護団体「臓器の強制摘出に反対する医師団」(Doctors Against Forced Organ Harvesting)のトルステン・トレイ事務局長は、国際社会の長期にわたる沈黙に対して、「『中国が臓器目的に人を殺している』という中国民衆法廷の結論から3年が経過した。20年以上も中国は法輪功学習者を迫害し、おそらく100万人以上が殺されてきた。ウクライナ侵攻に対する世界の反応に比べて、この決議は共産主義政権に対する弱々しい呼びかけでしかない。今必要なのは『行動』である」と語った。

トレイ氏によればヨーロッパは現在、中国共産党から挑戦を受けており選択を迫られている。「欧州の基本的人権と価値観を譲れない条件とするのか、それとも法輪功学習者から強制的に臓器摘出するという陰惨な行為を無視するのか」。