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諸葛孔明は黄氏が創った木のからくり犬にびっくりした(大紀元)

諸葛孔明の妻:人は見かけによらぬもの

 【大紀元日本11月2日】

 三国志で有名な天才軍師諸葛孔明は、風采も堂々とした体つきのたくましい八尺男であった。しかし、孔明の妻は歴史にも名だたる醜女であって、その醜さは、史書に記され、その結婚を冷やかす歌が歌われていた。

 孔明の妻となる黄氏は、恩師の黄承彦(こうしょうげん)の娘で、最初二人の結婚は、当時の人々の笑いの種となり、郷里では「孔明の嫁選びを真似るなかれ、阿承(黄承彦)の醜い娘をもらうはめになるぞ」と言う諺が流行ったと言う。

 黄夫人は色黒で赤毛の醜い女だが、奇人孔明との相性は抜群で才能に満ち溢れた人物で、孔明が初めて彼女に出会った時からその天才的な才能は、現されていたという。

 ある日、孔明はご挨拶に黄府へ行った。扉を開けた途端、2匹の獰猛な犬が面と向かって飛びかかり孔明をびっくりさせた。黄府の女中がすぐに犬の頭をたたき、2匹の獰猛な犬は直ちに動かなくなった。よく見ると、2匹の精巧に創られた木のからくり犬だったのだ。 

 孔明は、このからくり犬の独創的な発想を大賞賛した。恩師の黄承彦は微笑みながら「これは、うちの娘が暇な時、遊びに作ったものにすぎない」と言った。そして孔明は大広間の壁にかかっている『曹大家宮苑授読図』というきわめて精緻な絵を目にして賛嘆を禁じ得なかった。すると、黄承彦はまた「これも娘が自分流に描いた下手な作品だ」と言った。このような多芸多才な黄氏に孔明は深く心服せずにはいられなかったのだろう。

 黄氏が諸葛孔明に嫁いだ後、家の中の事は全て一手に引き受けていたので、諸葛孔明は何の心配もなく、国事に専念することができた。彼女は物事を適切に処理し、人に接する時とても親切で優しかった。孔明の友たちも彼の家で暖かい接待をよく受けた。月日がたつにつれて、彼女に抱いた『醜い女性』との印象は尊敬の気持ちに切り換わり、みんな諸葛孔明の非常に優れている目に敬服し、聡明で才徳兼備な良い妻をめとったことに羨望するようになった。

 范成大『桂海虞衡志』によると、黄氏は突然大勢の客が訪れても待たせないで食事を速やかに準備することができたという。その俊敏な身のこなしに驚いた客は、調理場に行ってのぞき見すると、いくつかの木のからくり人形が手伝っていたのだ。後に、彼女のこの発明が、孔明の大きな助けとなったという。この技術に基づいて発明された『木牛流馬』という新たな輸送手段は、なんと十何万の大軍の食糧を運ぶ問題を解決でき、孔明が自ら兵を率いて魏を攻める北伐の時にはさらに、『連弩』という殺傷力の最も高い新兵器を発明し、魏国将軍の張部もこの武器に撃ち殺されたと言われている。

 黄氏は主人の孔明に対しても非常に配慮をし、孔明が夏に南方に出征した時は恐ろしい伝染病に出会うことを心配して、万一病気にかかった時に備えて『諸葛行軍散』と『臥龍丹』という薬も調合したという。

 人は見かけによらぬもの、諸葛孔明の妻、醜いどころか、美しく感じる。人の美しさは外見ではなく内面にあるのではないだろうか。こんなにも聡明で賢く美しい妻、今まで見たところでは、諸葛孔明賢者とお似合いの女性は彼女しかいないのでは。

(翻訳編集・柳小明)


 (09/11/02 05:00)