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【漢詩の楽しみ】黄鶴楼送孟浩然之広陵(黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る)

 【大紀元日本2月27日】

故人西辞黄鶴楼
烟花三月下揚州
孤帆遠影碧空尽
唯見長江天際流

 故人、西のかた黄鶴楼を辞し、烟花三月、揚州に下る。孤帆の遠影、碧空に尽き、唯だ見る、長江の天際に流るるを。

 詩に云う。我が友、孟浩然は、(これから長江を下って行く友人から見て)西にあるこの黄鶴楼に別れを告げて、花がすみの春三月に、揚州へと下っていく。楼上から遥か彼方を眺めると、たった一つの帆かけ船が遠い影となって、その後には、ただ雄大な長江が、天の果てまで続くように流れているだけである。

 李白(701~762)の絶唱である。あまりにも有名な詩なので語句の解説は不要であろう。ただ、そのような作品は、むしろ既成の解釈にとらわれずに鑑賞するよう心がけたほうがよい。

 友との別れの場面を一幅の絵画にするのは漢詩の通例であるが、この一首は桁外れに雄大なスケールをもつ。

 この詩の主題について漢詩の解説書を見ると、多くは「別離の悲しみと残された寂しさ」などと説明しているが、果たしてそうであろうか。

 なにしろ詩仙・李白である。ほとんど「宇宙」と呼んでもよいほど雄大な長江の風景のなかで、遠景の一点になってゆく帆を見ながら、自身の悲しみや寂しさなどを詩に詠む作者ではないように思うのだ。

 孟浩然は生涯、科挙に合格することもなく、仕官して安定したこともない。ここで彼が揚州へ下る理由を知る術はないが、記録に残っていないところを見ると、さほど景気のいい旅立ちではないだろう。

 李白もまた、栄達とは無縁の生涯を送った。この二人は、言わば歳の離れた似たもの同士だったのだ。

 その親友が去る場面で、残された李白の胸に迫る感慨はなにか。むしろ「喜び」や「満足感」を想像したほうが、鑑賞としては正確であるかも知れない。

(聡)


 (12/02/27 07:00)  





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漢詩の楽しみ  李白  孟浩然  


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