大紀元時報
掛谷英紀コラム

他者への敬意があれば左翼の異常さに気づける

2020年10月01日 09時00分
9月28日、連邦最高裁判所の隣に位置する合同メソジストビルに、連邦最高裁判事のルース・ベイダー・ギンズバーグ氏の死を悼むメッセージが掲載されている(Getty Images)
9月28日、連邦最高裁判所の隣に位置する合同メソジストビルに、連邦最高裁判事のルース・ベイダー・ギンズバーグ氏の死を悼むメッセージが掲載されている(Getty Images)

米国の保守派動画チャンネル「PragerU(プレガー大学)」は毎週金曜日、『ファイアサイド・チャット』を放送する。その名の通り暖炉の傍で、トークショーのホストであるデニス・プレガーが一人で語る番組である。 9月25日公開の動画は珍しくゲストを迎えての対談だった。相手は一時期トランプ政権の報道官を務めていたサラ・ハッカビー・サンダースである。彼女が報道官時代、マスコミから執拗な嫌がらせを受けていたことを記憶している人も少なくないだろう。その陰湿さは「卑しい」と形容するに相応しいものだった。

対談の中で、プレガー氏が普段よく受ける質問として、「卑しい人が左翼になるのか、それとも左翼になると卑しくなるのか」という問いを紹介した。これに対しては、サンダース氏は「わからない。両方かもしれないわね」と答えていた。

実は、私もこれと同じ疑問を持ったことがあった。確かに両方ありそうだが、性加害癖のある人が、その卑劣な行動に対する糾弾を避けるために左翼になっていると思われるケースは少なくない。現役事務次官時代に天下りを斡旋し、出会いバーに頻繁に出入りしていた前川喜平氏、現役知事時代に女子大生を買春していた米山隆一氏、米国で女性に暴行し、逮捕状が出ている状態のまま日本に逃亡してきた菅野完氏などは、常識で考えれば論壇で堂々と発言する機会が与られるに相応しい人たちではない。しかし、今の日本の言論界には、「愛国無罪」ならぬ「左翼無罪」の原則がまかり通っている。左翼的発言をしていれば、過去の卑しい行動が不問にされるというのは、脛にキズを負う人にとっては魅力的に映るのだろう。

米国の論壇にも、これと似た状況がある。プレガー氏とサンダース氏の対談でも、保守派であれば激しい糾弾を浴びるような発言も、同じことを左翼が言うと許される米国の状況が話題にされていた。

そうした不公平が言論だけに留まっているならばまだいい。問題は暴力犯罪についても同様の原則が持ち出されようとしていることだ。以前のコラム『左翼が目指すのは法治の破壊』で紹介したとおり、AntifaやBLMの暴徒たちは、法を無視した暴力の行使を繰り返しているのに、それが野放しにされている。左翼が目指すのは暴力による法治の破壊であるということに気付いている人はまだ少ない。

江崎道朗氏の著書『日本の占領と「敗戦革命」の危機』(PHP新書)には、共産党は敗戦革命の手段として、連立政権に入って内務省のポストを獲得し、治安警察を使って反対勢力を追い込んでいくと述べられている。現在の米国左翼が警察の予算削減を要求し、治安維持機能を弱体化する手法は、それと似ているように見える。

江崎氏の著書は、共産党がターゲットにするものとして、法務省も挙げている。それに関連して、今の米国で最も注目すべき話題は、連邦最高裁判事の人事である。

9月18日にルース・ベイダー・ギンズバーグ連邦最高裁判事が死去した。彼女はリベラル派(左派)の判事としてよく知られた人物である。なお、連邦最高裁の最初の女性判事はサンドラ・デイ・オコナーだが、彼女は保守派であったため、左翼メディアはギンズバーグ判事が最初の女性最高裁判事であるかのように報じることもある。

米国の最高裁判事は終身制である。定員は9人だが、彼女が死去するまで保守派が5人、リベラル派が4人であった。ただし、保守派の判事のうちの1人は中間派的存在で、それにより均衡がとれている状態だった。そこにリベラル派の判事が死去したため、このバランスが崩れる可能性が出てきたのだ。

米国の連邦最高裁判事の人事は、大統領が候補を推薦して、上院で承認を得る。このことは、昨年ブレット・カバノー判事の承認で揉めたことから、記憶にある人も少なくないだろう。現在、米国の上院は共和党が過半数を占める。よって、トランプ大統領が指名した保守派の判事がそのまま上院で承認される可能性は高い。9月26日、トランプ大統領はカトリックで保守派の女性判事エイミー・コーニー・バレットを指名した。

これに米国の左翼陣営が激怒している。自分の後継は次の大統領に指名してもらいたいとギンズバーグ判事が遺言しているので、それを尊重すべきだというのである。しかし、法治の原則に基づけば、連邦最高裁判事に空席が生じた以上、法律で決められた手順に則って粛々と人事を行うのが当然である。言うまでもなく、米国の法律では一判事に後任人事の時期を決定する権限など与えられていない。ギンズバーグ判事の遺言を尊重せよという主張は、法治を無視せよという主張にほかならない。

左翼思想の本質は、自らの意思を法律に優先させる点にある。だから、中国も法律の上に共産党が君臨する。それと同じように、米国左翼も法律よりも自分の感情を優先させる人治、情治を求める。彼らが法治の原則を持ち出すのは、それが自分にとって都合のいいときだけである。そのように法が恣意的に運用される国において、法の下の平等は保障されえない。

私は情治を肯定する立場ではないが、その情がまだ人間味のあるものなら社会的被害も少ないだろう。問題は、左翼の情には人間らしさが全くないことである。

ギンズバーグ判事死去の報がトランプ大統領に知らされたのは空港においてである。その瞬間のインタビューがビデオカメラに収められている。ネットで動画が公開されているので、興味のある方はご自分の目で確かめていただきたいが、私の目には心から哀悼の意を示しているように見えた。トランプ大統領はしばしば大統領らしからぬ軽率な言動をとるが、このときの受け答えは大統領に相応しいものであったと多くの人が評価している。

しかしながら、左翼はトランプ大統領に対して、哀悼は口先だけだと批判している。さらには、大統領がギンズバーク判事の棺の前で黙祷を捧げる横で、左翼たちが声を揃えて「彼を落選させろ」と叫んだのである。厳粛な哀悼の場を政治利用する彼らの行為は、ギンズバーグ判事の尊厳を著しく毀損するものである。これは、広島平和記念式典や沖縄の全戦没者追悼式で日本の左翼がとる礼節を欠く態度にも通じるものがある。仲間の死を悼み、その業績に敬意を表すことすらできない人間たちの「情」に左右される政治がどのような末路を迎えるかは、過去の共産主義国の歴史が雄弁に物語る。

たとえ政治的同志であっても、その命を自分にとっての利用価値でしか判断しない人間を今後も信用し続けるのか。あなたの心の中に人命を尊重する意識があるのなら、この機会にもう一度自らに問い直して欲しいと思う。


執筆者:掛谷英紀

筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)、『知ってますか?理系研究の"常識"』(森北出版)など。

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