東京機械製作所の買収仕掛けた中国人経営者、その謎の目的 政府も関心示す事態に

2021/09/19
更新: 2021/09/19

政府は、香港系投資会社であるアジア開発キャピタル(以下はADC)が新聞輪転機メーカー、東京機械製作所(以下は東京機械)の株式を買い増したことを受けて、状況把握に向けた情報収集を始めた。時事通信11日付報じた。

ADCは東証2部上場企業で、親会社は香港に拠点を置くコングロマリット、サンフンカイ・アンド・カンパニー(新鴻基有限公司)だ。

東京機械とADCが公表した資料では、ADCは東京機械の株を「支配権の取得」の目的で買い進めている。ADCは傘下企業のアジア・インベストメント・ファンドを通じて、8月16日時点で、東京機械の株式38%以上を保有した。

報道によると、政府は経済安全保障上の観点から買収の動向を注視している。

今回の買収には、ある中国人経営者が関わっているとされる。北京大学傘下企業で「北大青鳥」のトップ許振東氏(57歳)。2015年、不正を働いたとして中国規制当局から10年間の市場活動停止処分を受けた人物だ。

16年、拠点を日本に移した後、表舞台に出ることなく、複数の中国人女性の名義で「宣武」「朝陽」「 恒潔」などの会社を設立した。これらの会社を通じて日本でも企業買収を繰り返しているが、いずれも目的が明らかになっていない。

過去にもIT大手に敵対的買収

許振東氏は北京大学大学院コンピューター科を卒業後、大手IT企業や証券会社での勤務を経て、1994年恩師が設立したソフトウェア開発会社「北大青鳥」に入社した。許氏の加盟によって「北大青鳥」の業務はIT技術の開発から投資へと方向転換した。

中国最大の半導体ファウンドリ中芯国際に6000万ドル(約66億円)を投資するなど、通信事業から半導体、メディア、エンターテイメントまで手広く企業買収を行っていた。地方の通信サービス企業の買収にも力を入れ、十数の省で投資を展開していた。中国紙は当時、IT技術の開発を目的に設立された同社を「投資会社と呼んだほうが適切だ」と評した。

01年、中国ポータルサイト3大手の1つ、搜狐(SOHU)を買収の標的にした。同年4月、100%の子会社・香港青鳥が360万ドル(約4億円)で米半導体製造大手・インテルからSOHUの307万株を購入し、SOHUの8・6%の株を保有することになった。5月、ゴールドマンサックスなど複数の企業から364万株を買い増しし、18・9%の保有率で3番目の大株主に躍り出た。

インターネットとメディアのコラボと銘打った青鳥の資本提携計画を、SOHUは当初歓迎していた。事が進むなか、青鳥から今後の事業計画を聞いたSOHUは「背筋に寒気が走った」と中国誌「財経」は01年の記事で関係者の話として伝えた。計画の詳細は今も明らかにされていないが、SOHUは両社のビジョンがあまりにもかけ離れていると感じたようだ。

香港青鳥は、デラウェア州に法人登記したSOHUの株を購入するにあたって、米証券取引委員会(SEC)に提出した資料で、株購入の目的を「純投資」と記入していた。5月の買い増し時に提出した資料では「SOHUと戦略的な関係を結び、同社取締役会に役員を派遣する」と変更された。青鳥の副総裁でスポークスマンの範一民氏もSOHUの筆頭株主を目指し、経営に介入すると明言した。

SOHUに近い関係者は「財経」誌に対して、北大青鳥の計画はSOHUの長期的な発展に利するものではなく、香港で上場する同社子会社・青鳥環宇の株価の吊り上げを狙っているのではないかと疑っている。「これは極めて危険なことだ」と同関係者は述べた。「彼らはパッシプ運用の投資家で、SOHUの経営に興味はない」と付け加えた。

パッシブ運用は、物言わぬ投資家であり、経営介入になれば、企業間の競争を阻害する恐れがあるとの指摘がある。

SOHUはその後、敵対的買収を防衛するため、株主権益計画を発表し、北大青鳥の買収計画を阻止した。北大青鳥はSOHUの株を売却し、両社の資本提携は解消された。

マネーゲームに巻き込まれた老舗小売大手

北大青鳥に買収され、経営が急速に悪化した企業もある。北京市で小売業を展開する天橋百貨はその最たる例だ。1998年年末、北大青鳥が同社の筆頭株主になり、同社の社名を青鳥天橋に変更した。翌年、青鳥天橋は北大青鳥に4814万元(約8億円)を出資し、北大青鳥傘下の通信技術会社の100%の株を取得した。その後も、北京大学の関連企業、鉄道自動券売機システムに関する無形資産を買収するなど、投資を繰り返した。00年、北大青鳥は所有する通信会社の49%の株を青鳥天橋に譲り、1億元(約17億4千万円)超の資金を回収した。わずか2、3年の間、青鳥天橋を通じて2億元(約34億8千万円)の資金を回収した。青鳥天橋は「北大青鳥の資金回収マシーン」と称されるまでになった。

多額の投資によって、青鳥天橋の中核事業である小売業は1999年、47年来初の赤字に転落した。01年の上半期業績報告では、青鳥天橋の総資産は33・94億元(約578億円)まで膨れ上がった。純資産は7・26億元(約129億5333万円)しかなく、負債率は80%まで上昇した。同社の負債額は01年上半期だけで、13・25億元(約225億2588万円)から20・36億元(約346億1289万円)まで急増した。

青鳥天橋は00年8月、株主割当増資も行い、約4億元(約68億円)の資金を調達し、その97・8%は個人投資者から集めた。北大青鳥は「資金回収、投資金の支出、資金調達」のために青鳥天橋を利用していた、と中国証券日報01年9月の記事は分析した。

前出の「財経」記事は「青鳥天橋の転落ぶりをみると、北大青鳥の買収に懸念を抱くSOHU経営陣の判断は正しかった」と指摘した。

反腐敗運動で中国で居場所を失うことに

中国の資本市場は、赤い貴族と呼ばれる高官やその子弟が支配している。北大青鳥も例外ではない。北大青鳥の会長だった蘇達仁氏は、元中央軍事委員会の徐才厚副主席など江沢民派の高官と親密な関係にあった。習近平氏が2012年に国家主席に就任後、反腐敗運動で江沢民派メンバーを相次ぎ摘発した。蘇達仁氏も逮捕された。自身に飛び火することを恐れた許振東氏は14年3月、香港に逃げ込んだ。その後中国に戻ることなく、16年に来日した。

許氏は来日後、17年に証券会社「ワンアジア証券」を買収した。今回の東京機械の買収を仕掛けたADCはのちにワンアジアを子会社にした。今年3月、ADCは北大青鳥傘下の環宇科技と包括的業務提携を行うことに合意した。

日本滞在中、北大青鳥の関係者を日本のゴルフ場や不動産の視察に招待し、今も同社に影響力を発揮している。関係者らが中国に戻った後、許氏の会社へ送金していた。中国紙・中国経営報傘下メディア「等深線」19年の報道によると、「朝陽」「恒潔」は北大青鳥の北京、香港の関連会社から多額の資金を振り込まれていた。なかには7億円にのぼる送金もあった。

その後、不動産会社「アジアゲートホールディングス」(東京都港区、以下AGH)の株式20・37%を取得。北大青鳥の副総裁や同社関連企業の幹部がAGHの取締役に就任した。AGHの中国人女性取締役は自民党大物議員の息子が取締役を務める会社にも名を連ねていたことから、許氏は政界にも影響力をもつ可能性がある。

また、17・78%の株を購入した病院関連事業の「グローム・ホールディングス」(東京都港区)の取締役会にも北大青鳥の別の副総裁を送り込んだ。

19年、許氏は普済堂という会社を通じて、東京の葬儀業を展開する廣済堂の株を取得した。普済堂は宣武から資金8億円を借り入れた。

「等深線」の記事は、許氏は日本でも、中国にいた時と同じやり方で買収を繰り広げいていると指摘した。

政府も関心を示す事態に

東京機械は11日までに、ADCに対し、取得理由の説明や資金の裏付けを求める質問状を送付したと明らかにした。東京機械は、ADCを除く既存株主に新株予約権を無償で割り当てる買収防衛策の導入を10月下旬の臨時株主総会に諮る。一方、ADCは、法的差し止めを求める構えだ。

ADCに関しては、東京証券取引所は8月6日、決算について虚偽の開示を行ったとして、同社株式を特設注意市場銘柄に指定した。

産経新聞などによると、政府はADCの買収目的が「不透明」だとして、関心を寄せている。

ADCによる株の買い増しについて、全国の地方紙や通信社など40社はこのほど、東京機械製作所宛に公開書簡を送った。書簡は、新聞印刷の輪転機の「開発や製造体制が変われば、新聞各社の印刷・生産体制は致命的な打撃を受ける」との懸念を示した。

(高遠、張晢)