中国 正規の手段で救われなかった労働者 中国当局が本当に恐れたものとは

爆発事件を起こしたのは14回も給料の支払いを求めた男 事件の真相を伝えた記事は次々削除=中国

2026/08/06
更新: 2026/08/06

「働いた分の給料を払ってほしい」

14回も未払い賃金の支払いを求めた末、河北省唐山市の男・劉全は爆発事件を起こした。

そして今、中国当局が最も警戒しているのは、事件の背景を伝える情報そのものがネット上で広がることだった。

なぜ、そこまで徹底して検閲するのか。その答えを探ると、中国社会で今も特別な意味を持つ一人の男、「楊佳(よう・か)」の存在が浮かび上がってくる。

実際、中国のネット上では、今回の事件を「第二の楊佳ではないか」と見る声が上がった。

 

未払い賃金が生んだ悲劇

河北省唐山市出身の30代半ばの出稼ぎ労働者・劉全は、約1年8か月にわたり14回も未払い賃金の支払いを求め、関係機関への陳情など、あらゆる正規の手段を尽くした。

しかし状況は変わらず、収入は途絶え、家族の生活も限界に達した。それでも最後まで救済は得られず、2025年4月、賃金トラブルを扱う政府の労働監督機関で自作の爆発物を爆発させた。本人を含む複数人が負傷し、一審で懲役6年の判決を受けた。

事件が再び注目を集めたのは今年7月だ。元メディア関係者が「なぜ劉全はそこまで追い詰められたのか」を検証した記事を公開すると、大きな反響を呼んだ。しかし記事はすぐに削除され、執筆者のSNSアカウントは停止に至った。

さらに、中国有数の経済・調査報道メディア「財新」が掲載した事件の検証記事まで削除し、関連する話題はネット上から次々と姿を消した。大手メディアの記事まで削除したことは、この事件が当局にとって極めて敏感な問題だったことを示している。

当局が恐れたのは、爆発事件そのものではなく、「なぜ事件が起きたのか」という背景が広く共有されることだったとの見方が広がっている。

中国では未払い賃金に苦しみ、何度訴えても解決しない労働者は今も少なくない。もし劉全の境遇に多くの人が自分を重ね、「正規の手段では救われない」と感じれば、同じように絶望した人々の怒りが連鎖する危険性がある。

ネット上でも、「当局が恐れているのは劉全という一人の男ではなく、第二、第三の劉全が現れることではないか」との見方が広がった。

 

画像は、事件に関する情報がネット上から次々と消されたことを示す画面 (ネットより)

 

「第二の楊佳」

こうした見方の背景には、中国で今も語り継がれる「楊佳事件」がある。

2008年、北京出身の楊佳は、上海旅行中にナンバープレートのないレンタル自転車に乗っていたことから窃盗犯と疑われ、警察に拘束された。楊佳はその際、警察から激しい暴行を受け、生殖器に重傷を負ったと訴えた。

その後も各地で救済を求めて訴え続けたが状況は変わらず、2008年7月1日、上海市公安局閘北分局を単身で襲撃し、警察官6人を殺害、警察官3人と警備員1人に重軽傷を負わせた。同年11月26日、当局は楊佳の死刑を執行した。

もちろん、警察官6人を殺害した重大事件であり、暴力を正当化する話ではない。

しかし一方で、「正規の手段で訴えても救われなかった」という経緯に共感する人も少なくなく、楊佳は一部で「権力に立ち向かった人物」の象徴として語られるようになった。

命日や清明節には今も墓を訪れる人が後を絶たず、献花した市民が拘束される事件も起きている。近年も警察や政府機関への襲撃事件が起きるたび、中国のネット上では加害者を「第二の楊佳」と呼ぶ投稿が繰り返されてきた。

今回の劉全事件でも、「又一個楊佳(また一人の楊佳)」との声が上がった。

だからこそ当局が消そうとしたのは、一つの事件ではなく、「なぜここまで追い詰められたのか」という背景だったのではないか。

中国当局が最も恐れているのは、一人の劉全ではない。「正規の手段では何も変わらない」と絶望した人々が、その境遇に自らを重ね合わせ、同じような事件が連鎖することだという受け止め方が、中国のネット上では広がっている。

今回の徹底した検閲は、中国当局が何を最も恐れているのかを浮き彫りにしたと言えそうだ。

 

写真は本文の事件とは関係ありません。未払い賃金の支払いを求め、集団で抗議する建設作業員。2026年2月初、上海東駅の建設現場周辺(動画より)
李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!