命懸けの試験飛行 中共官製メディアが明かした艦載機開発の実態

2026/08/03
更新: 2026/08/03

論評

先ごろ、中国共産党の官製メディア、新華社は、軍内の「優秀な共産党員」を宣伝するなかで、ロケット軍が置かれた苦境を図らずも明らかにした。今度は中共中央テレビが、一等功を授与された軍のテストパイロット、楊勇を紹介するなかで、海軍の艦載早期警戒機「空警600」と艦上戦闘機「J15」が抱える問題を露呈させた。

命懸けの試験飛行で一等功

7月31日、新華社は8月1日の軍創設記念日に合わせた宣伝の一環として、91548部隊に所属する楊勇が「国防科学技術一等功」を授与されたと報じた。

しかし、記事は極めて短く、楊勇がなぜ軍では珍しい一等功を受けたのかについて説明していなかった。

その前日の7月30日、中央テレビは番組「制勝」を放送し、福建艦の艦載機テストパイロットとして楊勇を紹介した。これにより、受賞理由の一端が明らかになった。

7月31日、中国本土のあるQ&Aサイトには、「楊勇が国防科学技術一等功を授与されたが、どのような功績があったのか」と題する投稿が掲載された。

投稿者は次のように記している。

「中央テレビの『制勝』では、空警600の空母からの電磁カタパルト発艦試験が紹介されていた。この分野では参考にできる飛行経験がほとんどないため、試験飛行のたびに命を懸けることになる。しかも、これは科学研究任務であり、単に飛行すればよいというものではない。実際に飛び、一次データを収集し、研究者と繰り返し意見を交わす必要がある。楊勇は、艦載機の試験飛行中、20日間で2人の仲間を失ったと語っていた」

これに対し、別のネットユーザーは次のように書き込んだ。

「空母部隊のテストパイロットは死亡率が非常に高く、試験飛行のたびに死を覚悟して操縦桿を握っている。これは現実の問題も示している。空母運用ではまだ初心者であり、軍は依然としてごく初期の段階にある。多くの人が吹聴するような水準には到底達していない。米軍と同程度の訓練水準に達するには、少なくともあと10年から20年は必要だ。決して大げさではない。遼寧艦は就役からすでに15年になるが、現在の状況がどうなのか、多くの人は分かっているはずだ」

さらに、米海軍の空母部隊については、悪天候や夜間、兵器を満載した状態での離着艦映像が数多く公開されている一方、軍の映像は晴天時のものがほとんどで、戦闘機も兵器を搭載していないか、空対空ミサイルを2発または4発装備しただけで訓練していると指摘した。

公開された映像でさえ、異なる場面を編集してつなぎ合わせたものだとし、「海軍の建設には百年を要する」という言葉は、単なる表現ではない」と述べている。

空警600は、1年足らず前に北京で行われた軍事パレードで初めて公開された。その後、軍は空警600が空母福建艦での発着艦に成功したと発表した。

しかし、福建艦は2025年11月に海南で就役式を行った後、ほどなく上海の造船所へ戻った。2026年6月には再び台湾海峡を通過して南下したが、現在まで演習や訓練を実施したとの公式発表はない。

楊勇が一等功を授与された経緯は、艦載機開発の実態の一端を明らかにしたといえる。

軍は技術面での遅れを認識しながらも、兵士の生命を顧みず、実態以上の成果を急いで宣伝しようとしている。中国本土でも、政府の宣伝を信じない人々がネット上で実情を指摘している。

中央テレビが明らかにした試験飛行の詳細

7月31日午前0時1分、中央テレビは「福建艦が空警600を射出 試験飛行の詳細を公開」と題するショート動画を公開した。楊勇の一等功について、具体的な背景を補足する内容だった。

動画では、楊勇について次のように紹介している。

「海軍某部隊の楊勇は、複数機種の試験飛行任務に参加した。高度1万メートルで飛行中、突然、操縦席の気密性が失われる重大な事態に遭遇した。機内から空気が漏れ続け、酸欠によって意識を失う危険があった。しかし、眼下には民間航空路があり、直ちに降下することができなかった。空気漏れが長時間続けば、楊勇は酸欠で意識を失う可能性があったが、体調不良に耐え、13分間にわたり所定の高度を維持し、試験データをすべて持ち帰った」

この説明から、楊勇が大きな生命の危険を冒したことが、一等功の授与理由の一つだったとみられる。一方、少なくとも2人の同僚は、同じ幸運には恵まれなかった。

中央テレビはさらに、「艦載機のテストパイロットにとって、前進することは、しばしば前例のない領域に挑むことを意味する」と伝えた。

艦載機の飛行訓練中、わずか20日余りの間に、楊勇は仲間の重傷と死亡を相次いで経験したという。それでも部隊では誰一人として退かなかったとし、「本当に困難なのは生死の瞬間ではなく、前例のない領域にどう向き合うかだ」と強調した。

空警600の試験飛行任務についても、参考にできる成熟した経験はなく、「今回もまた、未知の領域に直面した」と説明している。

こうした内容から、テストパイロットは命を賭けるような状況で飛行していることが分かる。人命よりも開発日程が優先されている実態がうかがえる。

中共の軍用装備は信頼性に問題を抱えることが多く、試作段階の装備は品質が一層不安定である。にもかかわらず、テストパイロットを無理に試験飛行へ駆り出すことが、日常的に行われている。

中央テレビの動画で、楊勇は次「着陸した後で振り返ってみれば、これは試験飛行人生のなかで経験した数ある緊急事態の一つにすぎない」と語った。

また、当時の状況について、「高度を下げなければ、最終的に操縦席の気圧が完全に失われる。人が行動不能になり、機体の操縦ができなくなれば、制御不能になる。あの時、体調が悪化しているのを感じていたが、指示がない限り、現在の高度を維持しなければならなかった」と説明した。

ここまで見れば、軍事に詳しくない人でも疑問を抱くだろう。空警600の試験飛行にこれほど高い危険が伴うのであれば、なぜ民間航空路の上空を選んだのか。

この事例は、軍の組織運営や安全管理に重大な不備がある可能性を示している。科学研究任務であっても、管理体制は極めて混乱しているとみられる。

J15は発艦後に停止できるのか

中央テレビ動画の後半では、J15に関する内容も紹介された。

字幕には、「J15がスキージャンプ方式で発艦中、エンジンに突然異常が発生し、最終的に甲板の端から5メートル未満の地点で停止に成功した」と記されていた。

楊勇は当時の状況について、「崖がどこにあるか分からないため、少しずつ前へ進むしかなかった」と語った。

続いて音声による指示が入り、「機首を引き起こして制動し、スロットルを完全に戻し、ブレーキを最後まで踏め」と命じている。

楊勇はさらに、「機体が揺れ、震え、制御不能になる寸前まで進んで、初めて生死の境界がどこにあるのか分かった」と述べた。

これは、楊勇が遼寧艦または山東艦からJ15で発艦しようとした際、失敗した経験を語ったものとみられる。J15は長年にわたり空母で運用されているが、実際には依然として信頼性に問題を抱えていることを示している。

遼寧艦と山東艦はスキージャンプ式甲板を採用しており、戦闘機は自らの推力で発艦する。そのため、楊勇は最後の瞬間に機体を停止させ、命を取り留めることができた。

一方、福建艦はカタパルトを採用している。J15Tが発艦時に故障した場合、パイロットが機体を停止させることはできず、重大事故を回避することは困難になる。

7月31日、新華社は「国防と軍の現代化を質の高い形で推進する」と題する評論を掲載した。

記事によると、習近平は7月30日に政治局の集団学習を主宰し、「国防と軍の現代化を質の高い形で推進するための明確な要求と重要な方針」を示した。

8月1日には軍機関紙も、「軍に対する党の絶対的指導を堅持・強化し、国防と軍の現代化を質の高い形で推進する」と題する社説を掲載した。

軍が現代化を急ぐ背景には、一部の人物の政治的野心だけでなく、装備開発をめぐる利権や汚職もある。「質の高い現代化」という言葉は、実態を伴わないスローガンになっている。

昨年、空警600が北京の軍事パレードで公開された後、中国本土のあるニュースサイトは「先進的でなくても、展示はできる」と題する記事を掲載した。

記事は冒頭で空警600について「十分に先進的ではない」と認めながら、最後には、空警600は米軍の同種機を上回り、J15Tは米軍のF/A18を圧倒でき、殲35はF35Cに対してさらに明確な優位性を持つと結論付けていた。さらに、福建艦を中心とする空母打撃群は、単独で行動する米海軍のいかなる空母打撃群と遭遇しても、明確な作戦上の優位性を持つと主張した。

このように論理の一貫しない宣伝が中国本土のメディアにあふれ、香港や海外の親共産党系中国語メディアも同様の論調を広めている。こうした実態とかけ離れた宣伝は、軍の現状を覆い隠している。

空警600が抱えるその他の問題

7月30日、中国本土のあるニュースサイトは「福建艦が空警600の射出に成功 詳細が明らかに」と題する記事を掲載した。

記事は、楊勇の説明として、カタパルト発艦時に機体が甲板を離れた瞬間、パイロットが機体姿勢を修正できる時間は1秒未満に短縮されると伝えた。

電磁カタパルトによって瞬間的に加速するため、機体が甲板から離れる際に姿勢がずれる可能性がある。パイロットが零点数秒以内に修正できなければ、深刻な結果を招くとしている。

同記事は、空警600をテストパイロットが命を懸けて飛ばす早期警戒機と表現した。

また、それまで遼寧艦と山東艦の早期警戒任務は、主に直18JA早期警戒ヘリコプターが担っていたと説明した。

しかし、ヘリコプターは飛行高度が低く、速度も遅いという構造上の欠点を抱える。レーダーの出力やアンテナ開口部にも限界があり、複数目標への対処能力や、海面すれすれを飛行するステルス目標を安定して識別する能力も不十分だという。

これは、遼寧艦と山東艦が抱える弱点を改めて明らかにしたことになる。

J15は燃料と兵器を満載した状態で発艦できず、防空任務をかろうじて担える程度だ。さらに、空母の早期警戒能力も弱い。遼寧と山東両空母は、実戦面での有用性が限られた存在になりつつある。同じ通常動力型の福建艦が電磁カタパルトを導入したものの、十分に成熟しないまま実用化された可能性もある。

自主開発とされる空警600の外形は、米軍のE2早期警戒機とよく似ている。公表されている寸法や性能もおおむね同等だが、一部の違いは重要である可能性がある。

空警600のプロペラは6枚羽根だが、米軍のE2は8枚羽根を採用している。また、空警600は現時点で空中給油に対応していない一方、米軍のE2は空中給油が可能だ。こうした違いは、軍が米軍機の外形を模倣することはできても、中核技術や製造技術では依然として大きな隔たりがあり、実戦能力にも大きな差があることを示している。

福建艦以降、空母の設計は米軍空母に近いものへと変化した。空警600も米軍のE2を参考にしたとみられ、独自技術の不足から、やむを得ず採用したものとみられる。

早期警戒機開発の苦難の歴史

中国本土のあるQ&Aサイトには、早期警戒機の開発史を紹介する長文の連載が掲載されている。

投稿者は航空機設計を専攻する学生だと名乗っているが、文章には明確な政治宣伝の表現が含まれ、一般の学生が把握できるとは考えにくい詳細も多い。注目すべきなのは、一部の実情を明らかにする内容でありながら、ネット検閲当局に削除されていない点である。

投稿によると、1969年、空警1号の開発計画が正式に始まった。機体にはソ連から供与されたTu4戦略爆撃機を使用し、大型レーダーを搭載することはできた。

しかし、地上からのレーダー反射を効果的に除去できず、下方監視の問題も解決できなかったため、1979年に開発を断念した。

1994年には、イスラエル、ロシアとの間で早期警戒機を購入する協定を結んだ。イスラエルが早期警戒レーダーシステムを提供し、ロシアがA50早期警戒機の機体を提供する計画だった。

しかし、2000年にアメリカがイスラエルへ圧力をかけたことで、3か国による共同計画は中止された。当時、軍はロシアのA50に搭載されたレーダーは旧式だと判断し、完成機の直接購入も見送った。

21世紀初頭、初の自主開発早期警戒機として空警2000の開発を改めて決定した。しかし、実際にはロシアからA50Iの機体を購入し、改造して使用した。

その後も、ロシア製輸送機Il76を基に、数機の空警2000を製造した。しかし、機体数が限られ、最終的に配備されたのは4機から5機にとどまり、交代で警戒任務に就くための需要を満たせなかった。

不足を補うため、軍は運8輸送機を基に空警200を開発した。運8の原型はソ連のAn12輸送機であり、搭載能力が小さく、空警2000のレーダー警戒システムをそのまま移植することはできなかった。

このため、スウェーデンのサーブ製早期警戒機が採用する、いわゆる「バランスビーム」型レーダーを参考にした。しかし、空警200は機体が小さく、総合的な作戦能力は空警2000に及ばなかった。そのため、軍は新たに空警500の開発計画を開始した。

2009年には、運7を基にしたJZY01空母早期警戒機の開発に着手したが、実用化には至らなかった。公開されている情報は参考にすぎないが、少なくとも早期警戒機の開発が遅れており、信頼できる母機さえ確保できなかったことを示している。

2015年9月、空警500は北京で行われた軍事パレードで初めて公開された。その後、軍は早期警戒レーダー技術が世界最高水準に達したと主張した。

2022年3月、当時の米太平洋空軍司令官は、米軍のF35が東シナ海で殲20と空警500を確認したと明らかにした。一方、空警500が同時に米軍のF35を探知できていたかどうかについて、軍は現在まで公表していない。

軍の専門家は過去にイスラエルを視察しており、空警500のレーダーもイスラエルの技術を参考にした可能性がある。

空警500の機体上部と円形レーダーの接続方式は、ロシア製早期警戒機と同様の構造を採用している一方、プロペラは米軍のE2早期警戒機に近い。空警600もまた、米軍のE2を参考にしているとみられる。

現在、楊勇が空警600の試験飛行で生死の境をさまよった経験が官製メディアによって明らかにされた。これは、早期警戒機開発の問題点が改めて露呈する結果となった。

楊勇が命懸けの経験と引き換えに得た一等功は、別の見方をすれば、軍の装備開発と人命軽視の実態を映し出す皮肉な象徴ともいえる。

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
沈舟