自衛隊 海外初の消火活動を終了 インドネシア森林火災で220トン放水

2026/09/29
更新: 2026/09/29

小泉進次郎防衛相は9月29日、インドネシアの山林火災に派遣した自衛隊の活動を終えると発表した。自衛隊にとって初めての海外での消火活動で、陸上自衛隊のヘリコプター3機は28日までに40回以上出動し、約220トンを放水した。現地の火災は続くが、インドネシア側が自国で対応できると伝えたことを受け、部隊は帰国する。今回の派遣は、両国の防衛協力が災害対応の現場で形になった事例でもある。

自衛隊が海外初の消火活動 40回超で約220トン放水

小泉氏は会見で、インドネシア政府との協議を踏まえ、この日の消火活動をもって部隊が現地での任務を終えると述べた。陸上自衛隊のCH-47輸送ヘリ3機を搭載した海上自衛隊の輸送艦「くにさき」は、準備が整い次第、帰国の途につく。

もっとも、この撤収は火災の鎮圧を意味しない。インドネシア側から自国で対応が可能になったと連絡があったことを受けた判断であり、 乾季が続く現地では、火はなお広範囲で燃え続けている。

派遣部隊の働きは小さくない。小泉氏によれば、CH-47の3機は前日までに40回を超える消火活動を実施し、約220トンの水を放水した。ヘリの腹に吊り下げた大型バケツで水を汲み、燃えさかる森林の上空から投下する……。国内の災害派遣で培った技術を、そのまま赤道直下の現場に持ち込んだ格好だ。

自衛隊による海外での消火活動は、今回が史上初の事例である。防衛省は9月16日、CH-47輸送ヘリによる空中からの消火活動を開始したと発表しており、これが自衛隊にとって海外初の消火となった。

「東京都より広い」焼失 泥炭地にも被害

そもそも、なぜ自衛隊が呼ばれるほどの事態だったのか。背景には、2026年のインドネシアを襲った例年を大きく上回る規模の山林火災がある。

現地でkarhutlaと呼ばれる森林・土地火災は2026年、カリマンタン島(ボルネオ島)とスマトラ島に集中し、南パプアにも前線が広がった。累積の焼失面積が最も大きいのは西カリマンタン州である。 1月から8月までの推定焼失面積は約135万ヘクタールに達し、そのうち約132万ヘクタールが8月だけで焼けた。

厄介なのは、これが単なる「山火事」ではない点だ。長期の乾燥で泥炭地が干上がると、火は地下の泥炭を燃やし始め、鎮火が極めて難しくなる。焼畑の延焼に加え、農地や鉱山の開発を目的とした排水や、安価な地ならし手段としての放火が重なった。 エルニーニョ現象の発達が乾期のリスクをさらに押し上げていた。

こうした「消えない火」に対し、インドネシアが保有するのは中型ヘリが中心で、一度に大量の水を散布できる大型機は乏しかった。自己完結的に活動でき、大型のCH-47を運用できる自衛隊の派遣は、この空白を突く要請だったといえる。

「自衛隊による協力を」 大臣間の直通ライン

小泉氏は会見で、今回の自衛隊の派遣について、インドネシアのシャフリ国防相から「自衛隊による協力を検討してほしい」との連絡を直接受けたと明かした。派遣後も、現地の状況について両大臣が緊密に意思疎通を続けたという。この「直通ライン」は一朝一夕のものではない。小泉氏は2026年5月、シャフリ国防相との会談で防衛協力の強化を取り決め、その中で災害救援分野の協力拡大を推進すると定めていた。 今回の消火派遣は、その合意が現実の危機の中で試され、実行に移された最初のケースにあたる。

実務を担ったのは、近年新設された統合作戦司令部である。日本政府はインドネシア政府の正式要請を受けて8月28日に派遣を決定し、防衛大臣が統合作戦司令官に活動の実施を命じ、CH-47 3機と「くにさき」を主体とする部隊を編成した。 部隊は8月30日に呉基地を出発し、「くにさき」は9月10日に西カリマンタン州のキジン港へ到着した。 平時から積み上げた大臣間の信頼が引き金を引き、新しい指揮系統がそれを形にする……今回の派遣は、日本の安全保障体制の「実戦運用」の一例でもあった。