【大紀元日本1月8日】パキスタンは世界を変えることができる立場にある。
神権政治のイラン、共産党政権の中国、戦争で荒廃したアフガニスタン、そして、それらに対抗するインド―そのような地政力学の中に位置することにより、パキスタンは地球上で極めて重要な国の一つであるという呪わしい運命を担っている。
とりわけ、パキスタンは、世界の十指に入る汚職・腐敗に満ちた国の一つであり、農村部には多くの読み書きのできない人口を抱え、オサマ・ビン・ラディンの拠点であると広く考えられており、世界でも核戦争が起きやすい地域であり、さらに過去においては北朝鮮やイランなどような国と核保有能力を共有していたことが知られている。
そうした理由から、パキスタンが世界情勢の中でとても重要であるのは、いくぶん落ち着かないことだと言える。アフガニスタンのイスラム原理集団「タリバン」との戦いで米国が重点的に依存する同盟国でもあるからだ。
2007年の暮れ、パキスタンで発生した暗殺事件は、世界各国のヘッドラインを飾り、同国の混乱した政治情勢をかいま見せた。
正統性を失いつつあるムシャラフ政権
ペルベス・ムシャラフ将軍は、1999年の軍事クーデターで政権を握ったが、正統性を失っている。初めて政権についた際、ムシャラフ将軍は腐敗体制を一掃し、より自由な民主的な慣行を浸透させるのに一役買うと公約した。また、インドとの友好を進め、アフガニスタン戦争では米国と協調した。
軍事と非軍事の両面にわたり、米国がパキスタンを支援するために数億ドルを供与するのは十分なものだった。
しかし、国の透明性を増すことはせず、ムシャラフ政権の方針は、多くの政治制度を非独立にするものだった。自らに忠誠を示さない司法官を解任した。昨年11月には、司法長官を解任し、戒厳令を発布し、抗議者らを軍事独裁政権反対に駆り立てた。
ムシャラフ大統領は、タリバンに対抗するため国境地帯に軍隊を送ったが、同時に、タリバンに好意的なイスラム保守派にも訴えており、米国に反感を抱く過激派の共感も得ている。
パキスタンは近年、目覚ましい発展を遂げたが、農村部は取り残されてしまった。農村部には、読み書きができない人々が多く、貧しい生活を送っているが、政治の腐敗と無関心は、不穏で不安定な状況をもたらしている。
アフガニスタンとの国境地帯では、米国はパキスタン軍の協力を得ており、同軍は、アフガニスタン北部に追われたタリバン兵士と戦う任務を課せられていた。しかしながら、同時に、パキスタンは、自爆テロを辞さない聖戦戦士の主要なトレーニング場になっているのである。
部分的な解決にすぎない選挙
当初1月8日に予定されていた選挙は、パキスタンの逆説的な問題の特効薬にはならないものだが、民主主義をより認識することでは有効であろう。
パキスタン人民党(PPP)は、ベナジル・ブット氏に率いられたが、比較的宗教色はなく、汚職・腐敗に苦しめられた経緯があるにもかかわらず、より民主的な志を代表している。
「シビリアン・コントロール(文民統制)が望ましい」とパキスタン人民党USAのアリ・ナワズ・メモン氏は語る。同氏は、「民主主義はそのための手段である」とし、ブット氏が暗殺されるほんの三日前にブット氏と話し合ったという。同氏も、ほかの人々と同様、農村部が経済発展から取り残されたとみており、それはパキスタンが直面する主要な問題であり、過激派テロを助長するとみている。
メモン氏とブット氏がともに育ったシンド州も、経済発展から取り残された。「教育や水など、生活に基本的なものは、すべてブット氏に依存していた」とメモン氏は話す。
ムシャラフ側はブット氏の暗殺をタリバンであるとした。しかしながら、ムシャラフ政権の治安部隊の責任や国内の政敵のもくろみなどをあげる人々も多く、ナワズ・シャリフ氏が率いるパキスタンムスリム連盟も可能性として取り上げられている。
昨年12月、米政府はパキスタンへの支援金5千万ドルを凍結し、現在、さらに厳しい対応を考えている。
しかし、ブット氏暗殺がその政敵から政治的な成果として見なされる一方で、パキスタン人民党は、ブット氏ほど支持されていない夫と、若干19歳の長男に率いられることになり、その結果、パキスタン人の同情票を集め、より機能的な民主化に向かおうとする国民の決意を強め、打ちひしがれ分断された国民の意志をより良く代表するものとなっている。
そのようになれば、パキスタン人のみならず世界中にとっても果報となるだろう。
(大紀元カナダスタッフ:ケイラン・フォード、翻訳:月川)
(08/01/08 11:48)
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