中国 追悼が続く理由 隠蔽が続く理由

中国政府が消したい「天安門虐殺」の歴史 世界が忘れない理由

2026/06/08
更新: 2026/06/08

自由と民主化を求めた学生や市民に軍が発砲し、戦車が市民をひき殺した天安門虐殺から37年。世界が追悼を続ける一方、中国政府はいまも真相を隠し続けている。なぜこの歴史は今なお封印されているのか。

専門家らは、その理由について「共産党支配の正統性に関わる問題だからだ」と指摘する。中国当局は事件を「反革命暴乱」と位置づけ、軍の投入を正当化してきた。だが、軍が市民を虐殺したことを認めれば、その説明は根底から覆る。だからこそ、天安門事件は今も中国最大級の政治的タブーとなっている。

 

1989年春の北京中心部。学生や市民に砲口を向ける戦車と武装兵士(大紀元)

 

実際、中国では今年も当局が血眼になって天安門事件の記憶を封じ込めた。「8964(天安門事件が起きた1989年6月4日を示す数字)」をはじめ、事件を連想させる言葉や画像を次々に削除し、中国製AIまでも関連する質問には沈黙した。

さらに中国SNSウィーチャット(微信)の関係者は、かつては比較的規制が緩かった海外版アカウントでも、近年は天安門事件に関連すると判断した画像や投稿によって利用制限を受けるケースが増えていると明かした。検閲は中国国内にとどまらず、海外にも及び始めている。

今年は中国の大学で、天安門事件の記念日前後に海外へ渡航する学生に対し、事前面談や海外滞在中の詳細な行動予定の提出、帰国後の思想報告を求める動きも明らかになった。また、香港では警察が大規模な警備を実施し、花やろうそくを手にした市民や民主活動家を連行するなど、追悼活動への厳しい監視も続いた。

 

天安門事件で軍が民主化を求める学生や市民を武力弾圧した後の天安門広場周辺。1989年6月、北京 (ネット上の画像)

 

それでも真相を知ろうとする動きは消えていない。中国当局が37年にわたり情報を封鎖し続ける一方で、中国の若者たちは思わぬ形で事件の存在にたどり着いている。

近年は、ライブ配信中に配信者が戦車を連想させる「タンクケーキ」を映した直後に配信が突然中断され、その理由を調べるうちに天安門事件を知ったという若者もいる。さらに、1989年の民主化運動参加者を父に持つ米国フィギュアスケート選手の話題などをきっかけに、封印された歴史へ関心を持つ人も増えているという。

海外でも記憶を守る動きは続いている。天安門事件37周年の6月4日には、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、EUなどの外交機関が相次いで犠牲者を追悼し、「真実と正義を忘れてはならない」と訴えた。台湾の頼清徳総統も「記憶こそが忘却への抵抗の力だ」と発信し、中国当局に真相解明と歴史への真摯な向き合いを求めた。

 

天安門事件37周年を追悼する集会の様子。2026年6月4日、オーストラリア・メルボルンの中国総領事館前 (Grace Yu/大紀元)

 

また、イギリスの放送局ITNは事件当時のアーカイブ映像を修復して公開した。本紙も未公開の天安門事件関連写真2千枚以上を独自に入手して公表しており、37年間封印されてきた歴史の記録に改めて注目が集まった。

世界で追悼が続く最大の理由は、この虐殺事件が今なお解決していないからである。当局は犠牲者数の全容を明らかにせず、武力弾圧の責任も認めていない。犠牲者数はいまだ不明だが1万人以上との推計もある。遺族への謝罪や真相調査も行われていない。

 

天安門事件で負傷した男性を市民らが担架で搬送する様子。1989年、北京(大紀元)

 

そして、どれほど記憶を封じようとしても、人々は思わぬ形で事件を思い出す。厳しい検閲が続く6月4日、中国の株価指数の下落率がそろって「0.64%」となり、海外SNSで話題になった。中国当局が数字や言葉を封じても、事件をめぐる話題は思わぬ形で人々の間に浮かび上がり続けている。

都内で開かれた記念講演会に登壇した天安門事件の元学生リーダー、ウーアルカイシ(吾爾開希)氏は、「暴政が最も恐れるのは、私たちが恐れないことだ。専制者が最も望むのは、私たちが絶望することだ」と語り、「記憶すること自体が抵抗である」と訴えた。

中国政府は37年が過ぎた現在も、天安門事件の記憶を消し去ろうとし、追悼や真相を語る声を封じ続けている。しかし、真相を知ろうとする若者たち、追悼を続ける人々、そして歴史を語り継ぐ人々がいる限り、あの日の記憶が消えることはないだろう。

 

天安門事件37周年の追悼集会に集まった市民。2026年6月4日、台湾・台北の中正紀念堂 (宋碧龍/大紀元)

 

中国政府がどれほど歴史を封じ込めようとしても、世界では今も情報統制を破り、中国の人々へ真相を伝えようとする活動が続いている。

歴史は消されたのではなく、語ることを禁じているだけだ。その封印が解かれる日、中国は再び1989年6月4日と向き合うことになる。

 

1989年6月2日、北京の天安門広場に集まった大勢の学生や市民 (Catherine Henriette/AFP・Getty Images)
李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!