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成語典故(図:柚子)

【両袖清風】 袖の下を取らない

 【大紀元日本12月5日】

 明の時代に于謙(ユィ・チェン)という政治家がおり、字の名が廷益(ヤンイ)といい、浙江省銭塘江地区の出身。宣徳元年、于謙は監察御史(ぎょし、副宰相に所属する官職)を務め、身体が大きく、声が高く良く響く。于謙は才能もあり博学であり、欲望はあまりない上、何に対しても勇猛邁進し、優柔不断ではない人格の持ち主。そのために、于謙に対して嫉妬や憎む者が現れ、于謙の昇進を妨害した。結局、于謙は9年の任期を終了してから、ようやく「左侍郎(ツォシーラン、中国古代官名)」に昇進した。

 河南省の政府関係者らが皇帝に謁見するとき又は公務で出張する際に、お付き合いのお礼として手土産を持参することが普通であった。于謙の前任者らも皆そうしていたが、しかし、于謙は河南省で巡撫(シュンフ、中国古代官名)を務めた時に、上京する際、手土産は一切持たなかった。これについて、「政府関係者がハンカチーフ等の織物、椎茸、線香など地方特産を強制的に取り押さえ、人民が得るべきものは得られず、却って損害を受けている。だから、人民が不満をこぼすことのないように、私は上京する時に何も持たず、清風に満ちた両袖で皇帝に謁見するのだ」と詩にして見解を表した。

 【両袖清風】のことわざはここから由来して、袖の下を取らないことから、官吏が清廉潔白である喩えとなった。また、立ち居振る舞いがあかぬけして飄逸であり、非凡である様子を言い表すことにも使われている。

 ―正見ネットより―

(翻訳編集・豊山)


 (09/12/05 05:00)  





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