2012年、米オレゴン州の女性がKマートで購入したハロウィーンの装飾品の箱を開けたところ、中から一枚の紙切れが現れた。たどたどしい英語で書かれたその手紙には、こう記されていた。もしあなたがこの製品をたまたま購入したのなら、どうかこの手紙を世界人権機構に転送してください。そこには、長時間労働、暴力、そして過酷な中国の労働収容所での実態が綴られていた。
この手紙を書いたのは、孫毅(スン・イー)というエンジニアであり、夫でもある男性だった。孫さんは、中国共産党により非合法とされた精神修養法「法輪功」の修煉を理由に投獄されていた。
私はこの物語を、ドキュメンタリー映画『馬三家からの手紙』で伝えた。今でも彼の穏やかで静かな表情を覚えている。その内面には、鋼のような確固たる意志があった。彼の書く一行一行には、恐怖と希望が交錯していた。孫さんは、その手紙を外部に出すことで自らの命を危険にさらした。自分が永遠に自由になれないかもしれないと知りながらも、彼は真実を知れば、人々は関心を持ってくれる、どこかの誰かが、きっと行動してくれると信じていた。
現在、私たちは関税、貿易戦争、サプライチェーンの再構築といった議論に関心を向けている。インフレや市場アクセス、政治的駆け引きが焦点となったが、しかし、私たちは、本質を見落としている。安価な商品の陰には、名もなき労働者の命がある。孫毅さんのように、声を届けることができた人もいるが、大多数の人々は恐れから声を上げることすらできず、工場の壁の向こうに閉じ込められているのだ。
もちろん、中国で作られた製品すべてが強制労働によるものではない。多くの労働者は、世界中の人々と同じように、まっとうに暮らそうとしているだけだ。しかし、現実は厳しい。中国は、世界最大級の強制労働システムを維持し、ウイグル人、チベット人、法輪功学習者、政治犯、宗教的少数派が、裁判もなく拘束され、「再教育」を施されたのち、その無垢なる人々は、世界的ブランドとつながる工場に送られるのだ。
2025年1月、アメリカ政府は、新疆ウイグル自治区の綿花産業でウイグル人の強制労働が行われていたとして、Huafu Fashionとその子会社からの輸入を禁止した。H&Mなどの小売企業も、かつて同社の紡績工場から原材料を調達していたことがあるが、これは過去の出来事ではない。今も続いている現実だ。私は経済の専門家ではない。関税が有効な貿易政策かどうかは、他の人に委ねるべきだろう。しかし、確かなのはこれだ。関税だけでは、収容所で壊された人々の尊厳を修復することはできない。関税は数字であり、市場は、囚人たちの苦しみ、脅迫、沈黙を感じ取ることができない。正義とは、価格の調整ではない。
本当の力は、私たちの側にある。消費者、企業、投資家、そして私たちこそが、何を許容するかを決める立場にある。私たちが商品の出所を問うとき、企業が透明なサプライチェーンを求めるとき、投資家が利益と同じ重みで倫理を評価するとき、社会は動き始める。それは過激な主張ではない。責任ある行動である。グローバル経済においてこそ、価値観が重要だということを示す姿勢である。
政府もまた、重要な役割を果たすことができる。強制労働に関与したとされる製品の輸入を禁じる「ウイグル強制労働防止法」は、関税以上に大きな効果を持つ。また、関与企業に対する制裁も、人間の尊厳を貿易収支と同等、あるいはそれ以上に重視する姿勢を示す政策だ。
安さが常に正しい選択とは限らない。その「安さ」の裏にある本当のコストは何か。孫毅さんは、それを知っていた。あの収容所の中で、彼はすべてを承知の上で手紙を書いた。彼は、私たちを信じた。その手紙は、世界の注目を集め、彼の物語はいまも生き続けた。
私たちは今、真実を知った。ならば、問われているのは市場の動向ではない。私たちが、どう行動するかである。
政策は変わる。政治も変わる。しかし、良心に従って行動することに、タイミングを待つ理由はない。それは、いまここから、私たち一人一人から始めることができるのだ。
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