「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法(One Big Beautiful Bill Act)」は、2017年の個人所得税率の恒久化など、米国の税制に大きな変更を加えることで注目されている。しかし、本法案には、旅行、女性のヘルスケア、移民、福祉給付など、日常生活に直接影響を及ぼす非課税分野の項目も含まれている。以下に、2025年7月4日にドナルド・トランプ大統領が署名し本法案で取り上げられた、主な10の非課税分野を示す。
1. 航空管制
新法は運輸省に対し、全米の航空管制システムの抜本的な改革のために125億ドルを拠出する。このうち、銅線通信インフラの光ファイバー化に47.5億ドル、レーダーシステムの更新に30億ドル、滑走路でのニアミス防止のための安全技術に5億ドル、航空管制官の高度訓練技術に1億ドルが割り当てられる。ショーン・ダフィー運輸長官は、これを「航空管制再建の大規模な新たな出発点」と評し、さらなる資金が必要であることも指摘した。連邦航空局の技術やインフラが時代遅れであることが繰り返し問題視されてきたが、この法案により、ニュージャージー州ニューアーク国際空港で発生したような大規模な遅延の緩和が期待される。

2. 国境警備・移民
法案は国境警備と移民取締りに総額1500億ドルを充てており、うち約800億ドルが国内の移民取締り作戦に使われる。最大の項目は米墨国境の壁建設に465億ドルを充てるものであり、残りの多くは移民・税関執行局(ICE)に割り当てられる。ICEの収容関連予算は2029年までに従来比365%増の450億ドル、移送・送還作戦には144億ドル(年500%増)、州・地方自治体の協力には135億ドルが助成金として配分される。

3. 教育
連邦教育政策にも複数の変更がある。新法案により、年間約7,000ドルの連邦奨学金「ペルグラント」の受給資格が見直される。今後は、世帯収入が高い学生や、すでに授業料全額をカバーする奨学金を受けている学生は対象外となる。これにより、ペルグラントは経済的支援が本当に必要な学生に優先して配分されることになる。連邦学生ローン返済プランは、従来型と所得連動型の2種類に再編され、バイデン政権のSAVEプランは廃止される。さらに、大学基金への課税が大学の資産規模に応じて1.4%、4%、8%のいずれかで課される。
4. メディケイドと地方病院
メディケイド(低所得者向け医療保険)の給付要件が厳格化され、健康な成人は月80時間の就労が義務付けられる(2026年12月までに施行)。
また、メディケイドの対象を拡大した州(拡大州)では、病院や医師などの医療機関に課されている「医療提供者税(プロバイダ税)」の税率が、現在の6%から3.5%に引き下げられることになった。プロバイダ税とは、州が病院や医師などの医療機関に課す特別な税金で、その税収がメディケイドの財源として使われている。なお、メディケイドの対象拡大を行っていない州(非拡大州)については、この税率の変更は適用されない。この改正は2028年から施行される予定である。
新法による変更によって地方の病院が打撃を受けるとの懸念を和らげるため、この法案では今後5年間で500億ドルをこれらの施設の支援に充てることが盛り込まれている。
メディケイドの変更によって何人が保険の適用を失うかについては、推計に大きな幅がある。議会予算局(CBO)は、全米で数百万人が保険を失う可能性があると予測している。

5. SNAP(フードスタンプ)削減
補助的栄養支援プログラム(SNAP、通称フードスタンプ)の受給要件が強化される。現在は18~54歳の健常者に月80時間の就労・学業等が求められているが、年齢範囲が18~64歳に拡大される。さらに、州が財政負担の一部を担うことになり、住んでいる州によっては、受給者が受け取れるフードスタンプの額が減ったり、支給自体を受けられなくなる可能性がある。
6. 新生児向け「トランプ口座」
「トランプ口座」と呼ばれる試験的連邦信託口座が創設される。2025年1月1日から2028年12月31日までに生まれた子には1,000ドルが財務省から自動的に拠出される(それ以前の生まれも対象だが初期資金はなし)。年間5,000ドルまで追加拠出が可能で、資金は株式市場インデックスに投資される。18歳で半額、25歳で全額引き出し可能。教育費、住宅購入、小規模事業用途ならキャピタルゲイン税率、それ以外は所得税率+10%ペナルティが適用される。
この法案には、「トランプ口座」と呼ばれる試験的な連邦信託口座の導入も盛り込まれている。これは、2025年1月1日から2028年12月31日までに生まれたすべての子どもを対象に、財務省からあらかじめ1,000ドルが拠出される仕組みである。それ以前に生まれた子どもも制度の対象となるが、初期の1,000ドルは支給されない。
この口座には、アメリカ国民が年間最大5,000ドルまで追加で拠出することができる。
口座内の資金は市場全体を幅広くカバーする株式市場インデックスに投資され、運用益は口座名義人が資金を引き出すまで課税が繰り延べられる。受益者は18歳になると、一定の条件を満たした用途に限り資金の半分を引き出すことができ、25歳になると全額を引き出すことが可能となる。引き出し時の課税は、用途によってキャピタルゲイン税率または所得税率が適用される。
例えば、学費、初めての住宅購入、小規模事業の資金などに使う場合は、より低いキャピタルゲイン税率が適用される。それ以外の用途では通常の所得税率が適用され、さらに非適格な用途の場合は追加で10パーセントの罰則税が課される。

7. スペクトラム(電波帯域)政策
法案の一部には、連邦通信委員会(FCC)の「スペクトラム権限」を復活させる内容が盛り込まれている。この「スペクトラム権限」とは、FCCが特定の無線周波数を民間企業に対してオークションで販売できる権限を指す。
この権限は2023年に失効し、バイデン政権下で明確な方針が示されなかったため、議会で膠着状態となっていた。
今回の法案による権限の再承認によって、今後10年間で連邦政府に850億ドルの収入がもたらされる見込みである。また、5Gや6Gといった次世代モバイルネットワークの拡大が可能となり、テレビが利用できないような自然災害時にも、農村部で無線通信が受信できるようになる。
8. プランド・ペアレントフッド(全米家族計画連盟)への資金停止
「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法」は、プランド・ペアレントフッド(Planned Parenthood)へのメディケイド資金提供を1年間停止する内容を含んでいる。プランド・ペアレントフッドはアメリカ最大の中絶サービス提供団体であり、連邦資金の停止は長年にわたり保守派が目指してきた目標である。

法案ではプランド・ペアレントフッドの名称は明記されていないが、2023会計年度に80万ドル以上のメディケイド補償を受けた非営利の中絶提供団体が対象とされている。
なお、この条項については、さらなる訴訟が進行中であり、連邦判事が一時的に執行を停止している。
9. オバマケア(ACA)の変更
新しい法律により、「オバマケア(ACA,the Affordable Care Act)」と呼ばれる医療保険制度にいくつか大きな変更が加えられる。オバマケアでは、主に低所得者向けに、政府が運営するウェブサイトや窓口(ACAマーケットプレイス)を通じて割安な健康保険を選んで加入できる仕組みが用意されている。
まず、今後はこの制度を利用して保険に加入している人は、毎年必ず再登録しなければならなくなる。再登録の際には、自分の収入も再度証明する必要がある。
また、保険の申し込みができる期間が短くなり、今後は毎年11月1日から12月15日までの約1か月半に限定される。
さらに、性別適合手術などの性別移行に関する治療は保険の対象外となる。保険料の補助(税額控除)はアメリカ市民と一部の合法的な居住者だけが受けられるようになり、保険料を滞納している人は再登録できなくなる。
これらの変更は段階的に実施され、早いものでは2025年12月から適用が始まる予定である。
10. 軍人住宅・支援制度の拡充
新しい法案では、軍人やその家族のための住宅や育児などのサポートに、合計90億ドルが追加されることになった。具体的には、住宅手当が29億ドル増額され、転勤時の一時的な住まいの支援にも5億9,000万ドルが新たに用意される。また、軍人向けの医療制度にもさらに予算がつく。
これらの支援が拡充されることで、特に家族を持つ人たちが軍に入隊しやすくなることが期待されている。
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