解説
制裁や二つの戦争があったにもかかわらず、人民元の国際的地位はむしろ低下している。以前見られた勢いはその大半がロシアとの特殊な関係に依存したものであり、現在はその反動で下落に転じているのだ。
クレムリンは今年、ワシントンとの経済的収束の可能性を秘めた7つの分野を概説するメモを草案した。そこには、ロシアのエネルギー取引におけるドル決済への復帰案が含まれている。メモに記された論理的根拠は、ドル体系への統合がロシアの国際収支と外国為替市場を安定させるというものだ。ロシアは本来、人民元で取引を行うことを望んでいたわけではない。モスクワがそうしたのは、制裁によってドルシステムから排除され、選択肢がなかったからに過ぎない。
人民元は「望んで選んだもの」ではなく、他に選択肢がないための「代替手段」に過ぎなかった。ロシアがドル建て貿易への復帰を望んでいる事実は、人民元による決済体制では通貨の安定を維持できなかったと、自ら認めたも同然である。また、これはロシアの対中依存を減らしたいというプーチン大統領の意向も示している。プーチンはロシアの将来に多くの野心を抱いているが、その中に「中国中心の世界秩序におけるナンバー2」に甘んじることは含まれていない。
米国・イラン紛争へと向かう中、多くの専門家は、これがドルの終焉をもたらすと同時に人民元の国際化を加速させると信じていた。
ブルームバーグは「イラン戦争は中国のグローバル決済のデビュー戦である」と題した記事を掲載し、ウクライナ以降の4年間にわたる準備と今回の戦争を経て、人民元が有力な候補になったと主張した。
サウスチャイナ・モーニング・ポストは、戦争による混乱が石油取引の転換を加速させ、長年維持されてきたドルの支配を脅かす可能性があるとするアナリストの声を引用した。
ドイツ銀行の外国為替担当マネージング・ディレクター、マリカ・サチュデヴァ氏は3月に、「イラン戦争は、『ドル支配(ペトロダラー)の崩壊が始まり、人民元(ペトロユアン)が台頭するきっかけ』として、後世に記憶される可能性があると述べた」
しかし、これらの予測はいずれも的中しなかった。実際、ジンバブエのイラン大使館は、グローバルな石油市場に「ペトロユアン」を加える時が来たと投稿し、イラン側は取引が元建てである場合にのみタンカーの通航を許可すると要求した。
だが現時点で判明しているのは、海運情報の権威である「ロイド・リスト(Lloyd’s List)」が報じた「2隻の船が通行料を支払った」という事実のみだ。人民元で決済されたという確証はなく、船名も非公表である。つまり、中国が自国の船に通行料を払わせ、それを「脱ドル化が進んでいる証拠」として宣伝に利用した、いわば自作自演の可能性も十分に考えられる。
今回の紛争でドル支配が揺らぐと予測された背景には、米国がロシアと同様に、イランに対しても「ドル決済網からの排除」を主要な武器として使ったという経緯がある。米国がドルの力を「武器」として振りかざすたびに、非西側諸国はドルの制裁圏から脱出する道を探り始める。イラン、中国、ロシアの三ヵ国には、国際決済網(SWIFT)やドルを介さない、独自のエネルギー貿易ルートを構築すべき強い動機があるからだ。
米国とイランの間の大規模な軍事的・金融的衝突は、それを加速させ、イランの石油販売を人民元へと追い込み、CIPS(人民元クロスボーダー支払いシステム)の利用を深め、代替システムとしての中国の存在感を示す場になると予想された。しかし、データが示す現実は正反対である。ドルは一歩も退いておらず、人民元は何の利益も得ていない。もしロシアが再び「再ドル化」すれば、人民元はすでに微々たるものである世界貿易のシェアの多くを失うことになる。
人民元の世界的な普及実態を見ると、ロシアが制裁逃れのために人民元へシフトしたことを受けて語られ「国際化が進んでいる」というシナリオは、事実に反していることがわかる。 2025年第3四半期のIMF(国際通貨基金)のデータによれば、世界の外貨準備高に占める人民元の割合は1.93%に止まり、前期の1.99%からむしろ低下した。これに対し、ドルは56.92%と圧倒的な地位を維持している。 また、SWIFT(国際銀行間通信協会)の統計でも、世界の決済における人民元のシェアは2025年11月の2.94%から、2026年2月には2.71%へと下落に転じている。
SWIFTのデータによれば、2020年から2024年の間に、世界の貿易決済における人民元のシェアは約2%からピークの4.7%へとほぼ倍増した。この表面的な数字が、人民元が世界の貿易通貨としてドルに取って代わろうとしているという広範な主張を煽った。だが、現実はより複雑である。
人民元の成長が「健全な実力の伸び」によるものか、それとも「ロシアへの制裁」という特殊な要因によるものかを判別するため、取引額をドル換算で推計してみる。 まず、世界の物品貿易総額は、2020年の約17.6兆ドルから2024年には24.4兆ドルへと拡大した。これに伴い、人民元で決済された貿易額も、約3,500億ドルから1兆1,500億ドルへと急増している。 つまり、この4年間で人民元決済は約8,000億ドル分増えた計算になるが、問題はその「内訳」である。
同期間中、ロシアと中国の二国間貿易は約1,170億ドルから2,450億ドルへと成長した。人民元決済の比率は、2022年のウクライナ侵攻前のほぼゼロから、2024年までには二国間貿易の約60%に達し、人民元建てのフローは約1,450億ドル増加した。したがって、この一つのルートだけで、人民元貿易決済の世界的な増加額全体の15%から20%を占めていると推定される。
もしロシアがドルへ回帰すれば、人民元は現在の世界貿易決済シェア2.71%の一部を失うことになる。端的に言えば、人民元の国際化は進んでおらず、ドルの地位も揺らいでいない。ウクライナとイランという二つの並行する戦争でさえ、国際貿易通貨としての人民元の普及を加速させるには不十分だったのである。
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